いまやもっとも身近なアルコールドリンクのひとつになったワイン。その立役者が「ワインバル」である。この業態の台頭により、ワインを気軽に飲むというスタイルが定着。マーケットの裾野を一気に拡大した。いまや都心部ではワインバルの姿を見ない地域がないほどに急増しているが、当然のことながら競争は激化。同業他店から一歩抜け出す差別化策が求められている。ワインとそれに合う料理を核に、いかに新しい価値を打ち出すか。その最先端の試みを追ってみよう。
東京・代々木八幡を中心に外食6店を展開する㈱キュウプロジェクトは、ポルトガル料理店の「クリスチアノ」シリーズを大ヒットさせた急成長企業。その中でも魚介料理に特化したスタイルでコアなファンを摑んでいるのが「マル・デ・クリスチアノ」である。7カテゴリーで75品をラインアップするフードメニューは、そのうち50品前後を魚介料理で構成。「自家製バカリャウのコロッケ」700円や「サバのタルト」900円、魚介と生ハム、ソーセージを食パンで挟んだオーブン料理「フラセジーニャ」1800円などポルトガルの郷土料理を揃えて専門性を打ち出している。また、ポルトガルの魚食文化を表現するアイテムとして店内で製造する自家製缶詰をメニューに載せている点もユニーク。アルコール売上げの95%を占めるワインはポルトガル産のみで、ボトルは白50種、赤50種、泡10種と充実した品揃えだ。中でもポルトガルを代表する微発泡ワインの「ヴィーニョ・ヴェルデ」はグラス500円で1日50杯が出る人気。25坪38席が予約客のみで連日満席になる繁盛ぶりで、客単価5000円で1日客数50人をマークしている。
東京都渋谷区富ヶ谷1-3-12 サンシティ富ヶ谷4F ℡03-6804-7923
営業時間/18 時~L.O.翌0時(日曜、祝日は~L.O.23時) 月曜定休
店舗規模/25坪38席
小田急線代々木八幡駅から徒歩1分の外食ビル4階に入居。船窓を模した丸窓を入口横にしつらえるなど、魚介専門店のイメージを訴求する。主客層は30代後半~40代の近隣住民や会社員。外食感度の高い人種が集まるエリアで、マイナーな料理ジャンルでも受けるという読みが当たった。
経営母体の㈱サムライフードカンパニーの高城直弥社長の出身地、滋賀県の郷土料理である「とんちゃん焼き」をアレンジした「地鶏のかしわ焼き」880円を主力商品にワインバルの新しいスタイルを打ち出しているのが東京・神泉の「かしわビストロ バンバン」である。36品を揃えるフードメニューは「近江黒鶏のかしわ焼き」「地鶏のおつまみ」「とりあえずのおつまみ」など8カテゴリーを用意。それぞれで高原価率の目玉商品をオンメニューすることでメニュー全体のクオリティに対するイメージアップを図っている。グランドメニューの大半を550~980円の価格に集約することで気軽さを打ち出す一方、おすすめメニューを「外食経験豊富な人に調理技術の高さをアピールする場」(高城社長)と位置づけ1000円を超えるメニューも投入する。主力商品の肉料理の他に、系列店「リゾットカレースタンダード」の看板商品である「リゾットカレー」880円を締めのメニューとして提供。チーズリゾットとカレーを組み合わせ、ワインのアテにもなる商品だ。客単価は4500円で、アルコールの売上げ比率は50%を確保。17坪45席で月商800万円を売り上げる。
東京都渋谷区神泉町2-8 小島ハイツ1F ℡03-6416-4645
営業時間/月~木18 時~翌0時(L.O.23時)、金18時~翌1時(L.O.翌0時)、土日祝17時~翌0時(土曜はL.O.23時、日祝はL.O.22時30分) 無休
店舗規模/17坪45席
主客層は近隣に勤める30代~40代のオフィスワーカーで、来店客の男女比率は5対5。東京・渋谷の京王井の頭線神泉駅からすぐの半地下物件に入居している。オープンエアなつくりで店内の活気が店の外に伝わり、これがお客にとって入店のしやすさにつながっている。
「生産者が自ら行商人となって店頭で食材を売る」という斬新なコンセプトを打ち出した宮城・仙台の「生産者直結 農家の行商人 畑のあぐり」。この店のヒットで業界の注目を集めた㈲カフェクリエイトは、地産食材を柱にした業態づくりを身上としている。その中で野菜に特化した客単価5000円の業態として開発したのが「グラスワインと折衷料理 土龍」だ。大きな籠に多彩な野菜を盛り込み、テーブル上に畑を再現した「名物・土龍自慢の野菜の遊園地! 厳選野菜の“バーニャカウダ”」1200円など遊び心溢れるプレゼンテーションが売り。蒸したニンジンをバターでソテーしてキャラメリゼし、生姜醤油のソースをかけた「名物、人参の丸ごとステーキ。キャラメル 生姜醤油ソース」550円など、素材のクオリティを生かしたユニークなメニューが揃う。アルコールの売上げ比率は40%を確保するが、そのうち5割強を量り売りのグラスワインが占めている。宮城・仙台のJR仙台駅から徒歩15分、商店街から1本入った通りの雑居ビル地下という立地ながら熱心な固定客を確保。28坪30席で月商500万円を売り上げている。
宮城県仙台市青葉区一番町4-5-2 第二サシビルB1 ℡022-266-2223
営業時間/17時~翌0時 不定休
店舗規模/28坪30席
客席は掘りごたつ式の半個室5室、テーブル4席、個室2席で構成する。客席はカップル、会社員、家族客など幅広い。客単価5000円と地方都市の居酒屋業態としてはかなり高い価格帯だが、ユニークな商品コンセプトと巧みな店づくりによって固定客をがっちりと摑んでいる。
いずれの事例でも、業態づくりの核になっているのはフードメニューで独自性を打ち出すこと。ワインに合うことを前提に、いかに他店にない価値を感じてもらえるかを商品開発のテーマにしている。また、ワインが身近なアイテムになっているからこそ、いかに“非日常”を感じてもらえるかも重要。ワインがコンビニエンスストアでも買える時代にあっては、外食の場で飲む楽しさを打ち出さなければ消費者から選ばれる店にはなれないということだ。そして、こうした試みが日本のワインマーケットをさらに成熟させていくことになる。