「一口目」のミラクルストーリー VOL.2

~放送作家 すずきB~

取材・撮影 YOMIURI BRAND STUDIO

ヒットメーカーは業界屈指のグルメ

「やっぱり、一口目が最高ですね」。
放送作家、すずきBさんはそう語る。「原稿を書き終えた後や収録後に飲むビール。この一口目のために、仕事をしているのかもしれません」。
1970年4月、静岡県磐田市出身。「ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー」「学校へ行こう!」「メントレG」「ヒルナンデス!」などの人気テレビ番組を担当。業界屈指のグルメとしても知られ、「元祖!でぶや」「ペコジャニ∞!」「秘密のケンミンSHOW」など、グルメ系バラエティーにも数多く関わっている。

衝撃の「突き出し」が生んだ代表作

2004年に企画した「魂のワンスプーン」(TBS系)は、すずきさんの代表作の一つだ。毎週、3人のトップシェフが縦約7センチのスプーン上に渾身の一口料理を作り、その味を競う。1杯のスプーンの上で仕上がった一口で美味しいオムライス、お好み焼き、パスタ、スイーツ。そしてスプーン1杯にその料理人の技の全てを注ぎ込んだ奇跡の一口料理……。驚くべき様々なアイデアが披露された。
番組を生んだのも、「一口目」へのこだわりだった。あるとき、イタリアンレストランで、アミューズブーシュに衝撃を受けた。アミューズブーシュとは、お客さんが注文する前に出される一口サイズのオードブル。つまり、「突き出し」だ。そこで出たのは、極上のフルーツトマトとモッツァレラチーズにオリーブオイルをかけたカプレーゼを、口に入れた瞬間、美味しく感じられるよう独自のジェノバソースで仕上げたもの。すずきさんは「こんなに美味しい一口料理があったのか」と驚いたという。「一口目が美味しいと、これから始まるコースへの期待も高まるし、そのシェフと店のことを強烈に記憶する。凄い力だな、と思いました。もし、一流シェフがこの『一口』に命をかけたら、何を作るだろう。対決させてみたい、と思ったんです」。

園児は思った。「テレビの裏方になりたい」

テレビの仕事を最初に目指したのは、幼稚園の頃だった。当時、人気絶頂の「8時だョ!全員集合」の公開録画が、地元の体育館にやってきた。そこで初めて、ブラウン管の「外側」を見た。「大道具さん、ディレクターなどのスタッフを見て、あっ、タレントさんを操っている人たちがいる、凄いなあ、と思ったんです。タレントになりたいとは思わなかったけど、テレビの裏方さんになりたいと思った」。
その後、「8時だョ!」と同じ時間帯で「オレたちひょうきん族」が始まると、ディレクターやプロデューサーら裏方が自ら番組に登場するのを見て、「なんて楽しそうな仕事なんだろう」と憧れた。だが、どうやったらテレビの世界に入ることができるのか、わからない。高校生の時、たまたま教育実習の先生の中に、フジテレビに内定をもらっていた人がいた。さっそく相談すると、こうアドバイスされた。「テレビ局員になるには、宝くじに当たるくらいの強運が必要。だけど、アルバイトで潜り込む方法がある。大学に在籍しながら放送作家として台本を書いている学生もいる。とにかく東京に行って、業界でアルバイトができるよう、都心にキャンパスのある大学に入れ」。

泥沼にドボン「あっ、カッパがおる!」

すずきさんはその言葉を忠実に実行する。早稲田大学に入学し、バラエティー番組の台本を書いている先輩がいるサークルを探した。大学2年生の頃、「さんまのナンでもダービー」(テレビ朝日系)がスタートする際、初めてアルバイトとして参加した。幼稚園の頃から憧れた業界。だが当然ながら、最初は台本書きとは程遠い過酷な仕事が待っていた。
この番組は、「ダービー」に例えて様々な競技が行われ、スタジオのパネラーたちが勝者を予想して賭けるというもの。初回は、池の上に吊り下げられた鉄棒にぶら下がって、どこまで耐えられるかを競う競技が行われた。鉄棒を高く上げれば迫力はあるが、落ちたときに危険も増す。どこまで上げれば安全で、かつ迫力を出せるか。出演者がやる前に、すずきさんが実験台となった。クレーンで吊り上げられては、底が泥状の池に何度も落とされる。足が泥に埋もれてなかなか抜けず、「危ない!」と思ったが、実験はぎりぎりの高さを探り当てるまで繰り返された。「そんな仕事ばかりでしたが、楽しかったですね。番組の本番では、スタジオとの中継で、実況アナウンサーが乗ったゴムボートを、池の中に入って押すのが僕の仕事だったのですが、引きの画になったら僕が押してる様子がスタジオのモニターに映ってしまった。スタジオの司会者から『あっ、カッパがおる!』と言われて、それが全国放送で流れた。初めてのバイトで全国放送に出られ、地元の家族や友達に見たと言われ、凄くうれしかった」。
すずきさんは就職活動を一切せず、テレビ局のアルバイトから放送作家となる。本名は鈴木弘康だが、当初、番組スタッフに「鈴木」姓が2人いたので、「すずきA」「すずきB」と呼ばれていた。それがそのままクレジットされるようになり、ペンネームとなった。

得意分野を作ろう そうだ!グルメ系だ

在学中に放送作家としてデビューすると、全速力で走り続けた。「この世界はある意味、アスリートに近い。若いころは勢いがあったし、勢いも欲しがられる。自分のポジションもかかっているし、20代、30代は、とにかく必死で仕事の数をこなしました」。
だが、40代になると、考えが変わっていく。「一本の番組に企画からかかわって、できる限り自分の好きな分野をやろうと思うようになりました」。そのきっかけとなったのは、30歳を過ぎた頃、放送作家の先輩から「得意分野を作れ。代表作を持て」とアドバイスされたことだった。「僕は食べることが好きだったんで、グルメ系を得意にしようと思いました。美味しい店を知っていると、自分も幸せだし、女性にもモテますしね」。
そこから、グルメ系バラエティーを意識して手がけるようになった。その後、グルメに関する書籍や雑誌のオファーが来るようになったり、グルメ漫画の原案も担当。シェフとのつながりから、食のイベントの企画、ウェブサイトのコンテンツなどもこなしている。常に「行きたい店」のリストがあるので、外食も多い。それも、カウンターが好きだという。「カウンターに座って、料理が作り上げられていくプロセスを見るのが好きなんです。それは、僕が裏方としてテレビ番組を作っていることと、関係しているのかもしれません。作り手が気になってしまうんですね」。

テレビも食べ物も“つかみ”が大切

テレビ番組は「つかみ」が重要だという。「冒頭や見始めた瞬間のことです。そこで視聴者をつかんでしまえば、最後まで見てくれる。ある種の『一口目』ですね」。それは食べ物にもつながり、「麦とホップ」が最高の一口目を目指すことにも、つながっていく。「麦とホップ」を飲んで、すずきさんが言う。「番組も、食べ物も同じ。目指しているのは、この『一口目』なんでしょうね」。

イラスト:星野ちいこ

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