130年以上、愛され続けている「ヱビスビール」

130年以上、愛され続けている「ヱビスビール」

1887年に日本麦酒醸造会社が設立。目黒区三田に醸造場が完成し、1890年2月に「恵比寿ビール」が発売されました。ドイツ人醸造技師がつくる本場の味は人気を博し、1900年にパリ万国博覧会で金賞を受賞するなど高い評価を得ます。その人気の高さは、後に駅名や地名になるほどでした。その後、第二次世界大戦もあり、一時ブランドが廃止となります。しかし、廃止から28年後に戦後日本初の麦芽100%のドイツタイプの特製ビールとして復活を遂げ、プレミアムビールというジャンルを切り開いて独自のポジションを確立してきました。発売から130年以上のロングセラーでありながら、今も変わらず愛され続けているビールです。

後に地名となる「恵比寿ビール」誕生

1889年(明治22)竣工の「ヱビス醸造場」
1889年(明治22)竣工の「ヱビス醸造場」
発売当時の「恵比寿ビール」ラベル
発売当時の「恵比寿ビール」ラベル

1887年(明治20)9月、中小資本家が集まり「日本麦酒醸造会社」が設立され、1889年に現在の東京・目黒区三田に醸造場が完成しました。そして翌年2月、ドイツ人醸造技師がつくる本格的なドイツビールとして「恵比寿ビール」が発売。東京を代表するビールとして人気を博し、全国へと広がっていきます。恵比寿ビール専用出荷駅「恵比寿停留所」が開設されたことから、駅名も周辺の地名も「恵比寿」となりました。

パリ万博で30ヶ国以上の中から金賞受賞

巴里万国大博覧会金牌」と刻印された贈答用木箱
「巴里万国大博覧会金牌」と刻印された贈答用木箱
1900年(明治33)の暦付きポスター
1900年(明治33)の暦付きポスター

1900年(明治33)、パリ万国博覧会に出品された恵比寿ビールは、30ヶ国以上から出品されたビールの中で金賞を獲得。ビール樽を重ねたディスプレーも高い評価を得ました。その記念すべき栄誉は、高品質の証として恵比寿ビールの贈答用木箱にも刻まれました。

 

戦後28年ぶりに復活した「特製ヱビスビール」

【1971年(46)のポスター】
【1971年(昭和46)のポスター】
【1971年(昭和46)のポスター】

第二次世界大戦中の1943年、全てのビールブランドが廃止となります。しかし1971年(昭和46)12月、お客様からの熱い支持があり人気ブランド、ヱビスビールは28年ぶりに復活。その際、単なるブランド復活ではなく、高品質ビール、ドイツタイプのビールの商品化に取り組み、ヱビスビールは戦後、わが国初の麦芽100%の特製ビールとして蘇りました。

ヱビスビール復活の背景に、ドイツの「ビール純粋令」

1971年(46)の「ヱビスビール」ラベル
1971年(昭和46)の「ヱビスビール」ラベル

ヱビスビールの復活に際して取り組んだのが、ドイツタイプのビールの商品化でした。ドイツでは1516年の「ビール純粋令」により、大麦、ホップ、水以外の使用を認めていません。したがって、ドイツタイプのビールとは、米やコーンなど一切の副原料を使用しない麦芽100%のビールのこと。しかし、その製法は副原料の使用に慣れた技術陣にとって大きな障害でしたが、総力を結集し、麦芽100%のビールとして復活させることができました。さらに1986年(昭和61)には、リッチでコクのある味わいを活かしながら生ビール化を果たし、プレミアムビールという新しいジャンルを切り開いてきました。サッポロビールは、ヱビスビールをご愛顧いただいている皆様と喜びを分かち合うため、毎年2月25日を「ヱビスの日」とし、「ヱビス感謝祭」といったイベントなどを開いています。

話題になったプレゼント「金ゑびす」「銀ゑびす」

賞品となった恵比寿像のお守り
賞品となった恵比寿像のお守り

過去のヱビスビールの広告でちょっと評判になったのが、王冠の裏に「金ゑびす」「銀ゑびす」の文字を印刷し、これに当たった方に、賞品として金または銀の恵比寿像をはめ込んだお守りをプレゼントするというもの。恵比寿像は小さいながら純金、純銀製であり、恵比寿様のご利益にあやかりたいと誰もが欲しがったとか。