「恵比寿ビール」誕生の地から「恵比寿ガーデンプレイス」へ

「恵比寿ビール」誕生の地から「恵比寿ガーデンプレイス」へ

サッポロホールディングスの前身、日本麦酒醸造会社は1899年に現・目黒区三田にビール醸造所を建設。1890年に「恵比寿ビール」を発売すると1896年には業界トップの売上を記録します。しかし、周辺の都市化によって工場の増設余地が少なくなり、1986年に千葉工場へ移転します。1994年、再開発計画によって超高層オフィスビルや商業・飲食施設などが集まる複合施設「恵比寿ガーデンプレイス」が開業。東京の新名所として注目を集めました。環境へ配慮した街づくりとなっており、また年間を通じて様々なイベントが行われるなど、恵比寿エリアの発展に大きく貢献しています。

現在の目黒区三田にビール醸造所竣工

日本麦酒醸造・ビール醸造場時代1889(明治22)年の竣工時
日本麦酒醸造・ビール醸造場時代 1889(明治22)年の竣工時

日本麦酒造醸会社(サッポロホールディングスの前身)は、1889年(明治22)東京府下荏原郡目黒村三田(現・目黒区三田)にビール醸造所を建設。翌1890年(明治23)に「恵比寿ビール」を発売すると、これが大人気を博しました。その後も売れ行きは増加を続け、1896年には業界トップの売り上げを記録します。そこで北側に隣接する豊多摩郡渋谷村(現・渋谷区恵比寿)に工場用地を拡張し、生産を拡大していきました。

恵比寿地区の再開発計画が浮上

1905年(明治38)ごろの恵比寿ビヤホール店内
サッポロビール・恵比寿工場時代 市街化が進み移転が討議されはじめた1980年代

1980年代に入ると工場周辺の都市化が進み、生産における制約が増えるとともに、生産量拡大のための増設余地が少なくなり、社内では工場移転が検討され始めました。一方、東京都では、「恵比寿地区整備計画基礎調査報告書」に基づき当該地区の再開発が提案され、1986年、恵比寿工場の閉鎖と千葉工場(千葉県船橋市)への移転が決定。1991年には「恵比寿ガーデンプレイス」の名称が決定し、建設工事が始まりました。

東京の新名所「恵比寿ガーデンプレイス」開業

恵比寿ガーデンプレイス周辺
恵比寿ガーデンプレイス周辺

1994年(平成6)10月、「恵比寿ガーデンプレイス」が開業。超高層オフィスビル、マンション、ホテル、商業・飲食施設、美術館、多目的ホールなどがある複合施設として話題をよび、東京の新名所として注目を集めました。オープン初日の来訪者は15万人を記録。約100年間に渡ってビールをつくり続けてきた土地は、新しい歴史を刻み始めました。

環境へ配慮した街づくり

ヨーロピアンテイストで統一した恵比寿ガーデンプレイス
ヨーロピアンテイストで統一した恵比寿ガーデンプレイス

恵比寿ガーデンプレイスは、"豊かな時間""豊かな空間"をテーマに全体をヨーロピアンテイストで統一し、庭園都市と商業都市が融合した街として高い評価を得ました。都心の複合都市として多彩な機能を果たしつつ、敷地の約6割が緑の多いオープンスペースとなっています。しかも、施設内の厨房等で発生する排水の再生利用、廃熱を有効利用するコジェネレーションシステムの導入など、環境を意識した街づくりとなっています。

さらなる発展をみせる恵比寿エリア

「恵比寿麦酒祭」の様子
「恵比寿麦酒祭」の様子

2009年(平成21)、恵比寿ガーデンプレイスは開業15周年を迎え、9月に「恵比寿麦酒祭」を開催。ヱビスビール発祥の地でのビヤフェスティバルとして、約25万人が来場しました。また、名物となったクリスマスイルミネーション、夏の野外シネマイベントなど、多彩な催しが年間を通して行われ、恵比寿エリアの活性化に貢献しています。