日本から、 世界の“SAPPORO”へ躍進

日本から、 世界の“SAPPORO”へ躍進

アメリカで事業を始めた1980年、サッポロビールの知名度は他の日本のメーカーと比べても低いものでした。しかし、地域に密着した丁寧な営業活動を続け、徐々にサッポロビールの認知や評価が高まっていきます。そんな中、「サッポロびん生」の大びんが口コミで人気となり、さらに1984年には「シルバーサッポロ」の愛称で親しまれる缶ビールが、そのおいしさとデザインで大変な人気を獲得。翌1985年にアメリカでの日本製ビールシェア№1となり、以降25年以上も首位の座を守っています。その後も、カナダのビールメーカー、スリーマン社の買収やアジア進出の拠点となるベトナム工場の竣工、シンガポールでビヤホールを展開するほか、世界各国でビールを販売し、サッポロビールは世界の“SAPPORO”へ躍進を続けています。

アメリカでの日本製ビール

12オンスのサッポロビール(1980年代)
12オンスのサッポロビール(1980年代)

アメリカのビール市場では12オンス(355ml)のびんと缶が主力で、日本からの輸出ビールも12オンスびんが90%以上を占めていました。小売価格はアメリカ製のビールの約1.5倍で、販売先は日本食レストランがメインでした。アメリカで事業を始めた1980年、アメリカでのサッポロビールの知名度は低く、他の日本製ビールとの競争関係でも第3位に甘んじていました。

珍しいビールから、うまいビールに

輸送のトラック(1980年代)
輸送のトラック(1980年代)

1980年秋、LA・ニューポートビーチに新規開店した寿司バーから、サッポロラガーの小びん10ケースの注文が特約店に入りました。ところが、ドライバーは間違ってサッポロびん生の大びんを配達。お客からサッポロの指名があり、店主が恐る恐る風変わりなサッポロびん生の大びんを出しました。すると、最初の10ケースは2日で完売。なんとお客の90%がびん生を飲んでいたのです。これは、数多くのブランドを扱うアメリカの飲食店では極めて不思議な光景でした。珍しいから飲んでみるとこれがうまい、とお客の口コミで拡がっていったのです。

デザインとおいしさで人気を集めた「シルバーサッポロ」発売当時の缶デザイン

「シルバーサッポロ」発売当時の缶デザイン
「シルバーサッポロ」発売当時の缶デザイン

1984年に発売した缶ビール「サッポロカップ生」を10月からアメリカでも発売。グラスのような滑らかなフォルムにシンプルなデザインの缶が目を引くこのビールは、「シルバーサッポロ」の愛称で親しまれ、そのおいしさと特異なデザインで大変な人気となりました。

アメリカで日本製ビールNo.1に

スシバーでビールを楽しむ人々
スシバーでビールを楽しむ人々

日本国内と同じように、地域に密着し、お客様のニーズを踏まえたきめ細やかな営業活動やユニークな戦略が功を奏し、1985年、念願であったアメリカでの日本製ビール、シェア第1位となりました。以降、25年以上も首位の座を守っています。また、2011年には、アメリカ市場における「サッポロ プレミアム」の年間販売数量が初めて300万函(1函=355ml×24本で換算)を突破しました。

スリーマン社を買収し市場拡大へ

スリーマン社
スリーマン社

2006年、サッポロビールはカナダ第3位のビールメーカー、スリーマンビール社を買収(関係は2002年のOEM生産に始まる)。同社はプレミアムビールに定評があり、ものづくりに対する姿勢はサッポロビールと似ていました。そうした社風が、結果として買収につながり、スリーマン社の取得により北米市場でのさらなる躍進が期待されます。

ベトナムに初の海外工場

世界各国へ海外事業を展開
世界各国へ海外事業を展開

成長著しい東南アジア市場における販売拡大を視野に、2011年(平成23)、日本のビールメーカーとして初めてベトナムに新工場を竣工。ベトナムはアジアにおけるビールの消費量が3位というビール大国です。サッポロビールは、まずはその地域でもっとも愛されるビールをつくりたいという想いから、海外事業戦略としてはもっとも難しいとされる工場づくりから始めたのです。そして、サッポロ・ベトナム・リミテッドとして現地生産した「サッポロプレミアムビール」は現地でも好評価を得て、タイやシンガポールなど周辺諸国への展開も始まりました。

世界各国へ海外事業を拡大

サッポロビールは、日本国内だけでなく、北米、欧州、アジア、オセアニアなど世界各国でビールを販売しています。海外事業においては、買収や提携といった手法もありますが、それよりも現地法人を立ち上げ、地道な営業活動を行い、地元の方に愛されるおいしさを提供するのがサッポロビール流。製造においても、販売においても、地域に密着してその声に耳を傾けながら、地元の方々とともにおいしさを追求しています。