1887年 札幌麦酒醸造場の設立

道庁から札幌麦酒醸造場の払下げを受けたのが大倉喜八郎でした。大倉は二度の洋行で西欧のビール事業を実見した経験がありました。1886(明治19)年11月、官営ビール事業は民営化され「大倉組札幌麦酒醸造場」として新たなスタートをきりました。
しかし翌年、大倉は醸造場を政財界に多大な影響力を持つ渋沢栄一、浅野総一郎らに事業を譲渡してしまいます。大倉はビール事業をより確実なものにしたいと考えたようです。1887年12月、大倉自らも経営に参画し、新会社「札幌麦酒会社」が設立。渋沢らの加入により、大きく飛躍する基礎が確立したといえます。

  • 大倉組札幌麦酒醸造場(1887年刊『札幌繁盛記』所収)
    大倉組札幌麦酒醸造場(1887年刊『札幌繁盛記』所収)
  • 大倉組時代の「札幌ビール」のラベル
    大倉組時代の「札幌ビール」のラベル
  • 大倉喜八郎
    大倉喜八郎
  • 渋沢栄一
    渋沢栄一