Penfolds

1844年からの伝統

1844年、イギリスから移住してきたクリストファー・ローソン博士がアデレードの近郊マギルに診療所を設立し、医療を目的としたワイン造りをはじめたのが、ペンフォールズのはじまりです。
1870年にクリストファー・ローソンが亡くなってから、彼の妻メアリー、義理の息子トーマス・フランシス・ハイランドが跡継ぎとなりオーストラリア国内のワインマーケットを拡大させつづけました。
そして1950年代、チーフワインメーカーのマックス・シューバートにより世に贈りだされた「グランジ」によってペンフォールズはオーストラリア最高峰のワインメーカーとして世界中に知れ渡ることになりました。

1844's

1844年、イギリスから移住してきた医師クリストファー・ローソン・ペンフォールズ博士がサウスオーストラリア州マギルで、患者向けの酒精強化ワイン造りを開始したのが、ペンフォールズの始まりです。
一貫性と品質の高さでたちまち世間の評判を呼び、1870年のクリストファーの死後、妻メアリーの手に受け継がれ、サウス・オーストラリアで最も成功しているワイナリーとして成長していきました。

1900's

1931年 マックス・シューバートがペンフォールズに入社。
1936年にレイ・ベックウィズ博士はバクテリアによる腐敗を防ぐためにpHメータ使用を導入。
1943年ペンフォールズはアルダラ ヴィンヤードとワイナリーを買収、その後1945年当時のサウス・オーストラリアでは最大の栽培地を所有するまでになりました。

1950's

1950年にはマックス・シューバートがワイン造りの研究の一環としてボルドーのワイナリーを訪れます。そこで複雑味とバランスのとれた長期熟成のポテンシャルを秘めたワインと出会います。オーストラリアでもボルドーワインに比するワイン造りを目標に抱いた彼は1951年にグランジを造り上げます。しかし当時、長期熟成ワインが主流ではなかったオーストラリアでは評論家には受け入れられず、ワイナリーから醸造中止の命を受けますが、マックスは命令に反してグランジの醸造を続けました。そして1960年には長期熟成の魅力を発揮したファースト・ヴィンテージが評論家より高い評価を受け、正式に醸造が再開。1955年ヴィンテージは20世紀における最も偉大なワイン12 本のひとつと賞賛され、現在のグランジの地位を築いていきます。

1960's

グランジの成功後、マックス・シューバートは1960年代に次々とワインを造り上げます。ビン389 から始まり、ビン707、ビン28、そしてビン128。1976年、チーフ・ワインメーカーのバトンがマックス・シューバートからドン・ディッターへ受け継がれます。その10年後の1986年にはジョン・デュ・ヴァルが次世代のチーフ・ワイン・メーカーとして就任。彼らはマックスの造りだしたペンフォールズのハウス・スタイルの伝統的なワイン醸造哲学をただ受け継ぐだけではなく、守り続けてきました。

2000's

1990年代はグランジの白ワイン ヤッターナの発売、そして現代的なスタイルを完成させるべき実施されたレッド・ワイン・トライアル(Red Wine Trial 赤ワインの実験)の結果、RWT100%バロッサ・シラーズが誕生します。
2002年、ペンフォールズのワインが世界各国のメジャーなマーケットに行き渡った頃、ピーター・ゲイゴが4人目のチーフ・ワイン・メーカーとして就任します。
そして2008年にはペンフォールズのグランジ2008ヴィンテージがワイン・スペクテーター、ワイン・アドボケイト両誌にて100ポイントを獲得します。

ページトップへ