「箱根駅伝への想いをつなぐ」
インタビュー特集

箱根町ならではの〝おもてなし〟とは
歓迎の心で箱根駅伝を支える箱根町箱根観光協会

箱根駅伝往路のクライマックス、5区の舞台である箱根町。大会当日は多くの観客が訪れ、箱根山が大きな声援で包まれる。今年95回を迎えた箱根駅伝の歴史も、それを支えてきた地元の人々の応援やサポートあってこそのものだろう。実際に地元ではどのような“おもてなし”で箱根駅伝をサポートしているのか、箱根町箱根観光協会の鈴木良祐会長に話を伺った。

箱根の正月が始まるのは3日から

大正9年に始まった箱根駅伝を、大正、昭和、平成と支えてきた箱根町。そこで暮らす人々にとって、箱根駅伝とはどのようなものなのか、鈴木会長に聞いてみた。

「箱根町の人にとって、箱根駅伝は夏まつりと並ぶ、昔からあるなじみ深いもの。年中行事のひとつですね。箱根の人たちは年の暮れから箱根駅伝の歓迎準備をして、1月の2日、3日に箱根駅伝があり、3日の送り出しが終わるとやっとそこから正月が始まるんです。もはや生活の一部です。箱根町では夏まつりと駅伝、この2つが二大イベントで、駅伝が終わると夏まつり、夏まつりが終わると9月から駅伝の打ち合わせ、という風に一年が回っています。」(鈴木会長)

箱根町ならではの〝おもてなし〟とは

箱根駅伝では、垂れ幕や手書きの応援メッセージ、無料のふるまいなど、沿道各所での〝おもてなし〟も話題にのぼる。往路フィニッシュ地点・復路スタート地点となる箱根町ではどんな〝おもてなし〟やサポートをしているのか、箱根町箱根観光協会で行っていることについて聞いてみた。

「箱根駅伝は箱根町が舞台のひとつとなる大イベント。大勢の観客が訪れるため、警察や学連の方々と連携しての沿道の清掃や雪が降った時の除雪などはもちろん、歓迎門の設置や甘酒のふるまいのほか、フィニッシュ地点の歓迎本部の設置運営など、地域一丸となり、さまざまな歓迎の準備を行っています。」

箱根町箱根観光協会による〝おもてなし〟やサポートの一例

杉の葉の歓迎門

毎年、往路のフィニッシュ地点に杉の葉で作った歓迎門を設置しています。芦ノ湖畔に植わっている杉の葉で作った手作りの門で、杉の葉を取ってくるのに1日、飾り付けするのに半日かかるのですが、観光協会と有志の方々によるボランティアで、手弁当で行っています。

甘酒のふるまい

箱根女性会によって甘酒をふるまうおもてなしを40年ほど続けています。箱根は山岳地帯ですし、冬場に沿道で何時間も立っていると体が芯から冷えます。「これ飲んで温まって」と、応援に来てくださった方に無料で甘酒をお配りしています。

歓迎本部のテント設営

往路フィニッシュ地点となる芦ノ湖畔駐車場にテントを張り、毎年、歓迎本部を設営しています。そのほか、往路優勝校の表彰式を行うステージのご用意や、学連の公式プログラムを販売するお手伝いなどもしています。

「今は観客が多すぎてやめていますが、10年ぐらい前までは万国旗を飾ったりもしていましたね。」

時代とともに応援のスタイルや内容は変わっても、地域をあげて歓迎する、その気持ちに変わりはない。

箱根を全国区にした箱根駅伝

ラジオ放送から始まり、テレビ放送へ、そして今や日本テレビ系列で全国に生中継されるようになった箱根駅伝。時代を経て、次第に日本を代表するイベントとなっていった箱根駅伝が、舞台のひとつである箱根町にもたらした変化とは——。

「正式名称である『東京箱根間往復大学駅伝競走』を、テレビ放送では『箱根駅伝』と呼んでいます。コマーシャルしなくても『箱根』とアナウンサーが連呼してくれることで〝箱根〟が全国区の知名度になりましたね。また、ランナーが大学生なので、選手の出身高校のOBや現役の高校生たちを先生が引率して2日や3日に応援に来てくれるようになりました。昔は沿道の応援というと、地域の方々、周辺の方々がメインだったのが、全国から来ていただけるようになりました。」(鈴木会長)

「また、これまで注目されなかったカメラポイントというか、あちこちに沿道の応援ポイントが増えたのもテレビ放送の影響ですね。芦之湯の鶯坂(5区最後の上り坂)なんてところも、昔は人がいなかったですから。昔は温泉場だけにお客さんがいましたが、今は箱根のあちこちに皆さんが訪れてくださって……ありがたいです。」(鈴木会長)

最後に、「私たちにとって箱根駅伝とは?」

最後に、箱根町箱根観光協会の会長であり、地元・箱根町で子どもの頃から箱根駅伝を応援してきた鈴木会長に、箱根駅伝の魅力を聞いてみた。

「選手の走っている姿を見ると胸が熱くなりますよね。笑顔でフィニッシュする選手もいれば、中には倒れこんで来る選手もいる。5区は山上りですから。そういう姿を見ると泣けてきます。若者たちの懸命な走りやドラマに毎年胸が熱くなりますし、この感動は不変です。」(鈴木会長)

「箱根駅伝は日本を代表するイベント。その舞台のひとつとして箱根がずっと注目されていくといいなと願っています。歓迎本部で公式プログラムを売っていると『今年も観に来たよ』と声をかけてくれる人もいて、新年のご挨拶を箱根駅伝で交わすこともあります。箱根駅伝は、私たちにとって年中行事で、伝統で、暮らしの一部でもあります。箱根町箱根観光協会長として、100回を超え、今後も末長く続いていただきたいと思っています。箱根町も高齢化になっていますが、代々応援してきた〝歓迎の伝統のたすき〟は未来にしっかりと託していきたいと思います。」(鈴木会長)

箱根の人にとって、箱根駅伝はスポーツイベントを超えた特別な存在なのだろう。鈴木会長からはこんなこぼれ話も。「箱根町が往路優勝校に贈っている優勝記念カップが箱根寄木細工なのも、寄木細工の方々が『せっかく箱根町から贈るなら箱根寄木細工にしてくれ』と寄贈したのが始まり。そのほかにも箱根町では5区と6区の選手を写真に撮って、記録も入れて本人に贈呈したり。そのぐらい、地域みんなで箱根駅伝を応援しているんです。」

箱根町について

箱根駅伝の往路フィニッシュ・復路スタート地点として知られる箱根町。江戸時代は東海道五十三次の宿場町として栄えた、温泉街や富士山の絶景で知られる関東有数の観光地。芦ノ湖の遊覧船や、赤い鳥居で知られる箱根神社、噴気を上げる大涌谷の硫黄泉など、見どころも多い。