第95回箱根駅伝
シンポジウムレポート

―チームの力と勝利の舞台裏

第95回東京箱根間往復大学駅伝競走
(2019年1月2日、3日)を前に
「箱根駅伝シンポジウム」が11月27日、
都内の読売新聞社屋内の
「よみうり大手町ホール」で開催された。
今回は「チームの力と勝利の舞台裏」をテーマに2部構成のパネルディスカッションを実施。
2008年北京五輪4×100mリレーメダリストメンバー・髙平慎士氏、
2004年アテネ・北京の両五輪の200m背泳ぎで銅メダルを獲得した中村礼子氏らが、
トップスポーツの舞台裏やアスリートに必要なサポート、
あるいはアスリート自身に求められる要素に関して、ディスカッションを行った。
青山学院大学の大学駅伝3冠、箱根駅伝5連覇に注目が集まる今季の大学駅伝最終戦を前に、
多くの駅伝ファンが会場に詰めかけた。◎文/吉田直人

有吉会長挨拶

箱根駅伝を主催する関東学生陸上競技連盟の有吉正博会長が冒頭に挨拶した

まず、シンポジウムを主催する関東学生陸上競技連盟の有吉正博会長が挨拶に立った。有吉会長は、毎年12月に開催されるホノルル・マラソンを例に挙げ、競技会とシンポジウムが一体となった学際的な取り組みの重要性について語った。第95回の節目に際し「2020年東京オリンピック・パラリンピック、さらに2024年の第100回大会に向け、箱根駅伝が世界の舞台とどう通じていくかについて、箱根駅伝の魅力とともに議論が交わされる場に」と述べ、シンポジウムへの期待を込めた。

第1部 オリンピック 最高峰の戦いの裏側

第1部のパネルディスカッションは「オリンピック 最高峰の戦いの裏側」と題し、北京五輪4×100mリレーメダリストメンバー・髙平慎士氏、アテネ・北京の両五輪の200m背泳ぎで銅メダルを獲得した中村礼子氏に、関東学連駅伝対策委員長を務める山梨学院大学の上田誠仁監督を交えて、互いに意見を交わした。

2008年当時、日本陸上競技界としては80年ぶり、日本男子陸上競技界としては初の五輪メダルに輝いた日本代表〝4継〟(4×100mリレー)。その歴史的快挙の一員である髙平氏は4年前のアテネ大会から五輪を経験していた。同大会での結果は4位。メダルまでわずかに届かなかった。4年後の北京大会では、最終走者を務めた朝原宣治氏がその大会を最後に現役から退くことを決めており、メンバー間の絆がより強固になっていたという。

第1部では「オリンピック 最高峰の戦いの裏側」をテーマに元陸上選手の髙平慎士氏と元競泳選手の中村礼子氏がメダル獲得までの道のりを明かした

「水泳では松田丈志選手(元競泳選手/五輪3大会で4つのメダルを獲得)の『(北島)康介さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない』という言葉がありました。私たちも同じような気持ちで取り組んでいました」(髙平氏)

2016年リオ大会では同種目の銀メダルまで躍進し、日本の〝お家芸〟というイメージが定着しつつある「バトンパス」。テクニックに目が行きがちだが、髙平氏いわく、「それだけでは良いレースはできない」と言う。
「メンバーが目標値を共有し、軌を一にしているからこそ良いレースができる。〝技術に〝思い〟が乗じて初めて日本人選手の良さが出ると思う。それは箱根駅伝で総合優勝するチームにも言えることではないでしょうか」(髙平氏)

オリンピアン、メダリストとしての経験から選手自身が成長する必要性を説いた髙平氏

アテネ、北京と2大会連続で五輪メダリストとなった中村氏は、両大会では五輪に臨む心理状態がまったく異なっていたという。
「アテネの時は初めての五輪ということもあって、ある意味怖いもの知らずの姿勢で臨むことができました。北京が終わってすぐに4年後も目指そうと決めていましたが、2年後には『一度水泳をやめてしまおうか』と考えるほどでした。周囲の方から『絶対にメダルを』と言われていたわけでもないのに、自分で自分を心理的に追い込んでしまっていたんですね。その意味で、北京の舞台は自分との戦い。同じ銅メダルですが、重みはまったく違います。アテネから北京までの日々は本当に濃い4年間でした」(中村氏)

2大会連続銅メダルという偉業の裏に周囲のサポート体制があったことを明かした中村氏

中村氏の体験談を受けて上田監督は、オリンピアンとして以前に、1人の人間として、動機づけ(モチベーションコントロール)を行っていくことの難しさと大切さについて説いた。

「オリンピアンだからすごい、のではなく、重圧に押しつぶされそうになりながら、1日1日を自分の中で消化して、こうして言葉に置き換えることができるのは素晴らしいことだと思います。大変人間味にあふれたエピソードで、中村さんの心象風景が会場の皆さんの中にも浮かんだのではないでしょうか」(上田監督)

陸上、競泳はともに個人競技ではあるが、双方にリレー種目があるように、「チームの力」が求められる側面も持ち合わせている。 中村氏が日の丸を背負って泳いでいた頃は、北島康介氏(アテネ、北京両五輪で100m、200m平泳ぎ金メダリスト)という存在を中心に、個人とチームの相乗効果が如実に表れていたという。

「仲間ががんばっているから私も、私ががんばれば仲間の好結果にもつながる、といった意識が競泳チームの中で浸透していたんです。それが結果としてアテネ大会でのメダルラッシュにつながったと思っています。箱根駅伝にも言えることだと思いますが、チームワークはとても重要だと思います」

第1部の終盤では、2020年の東京オリンピック・パラリンピックへと話題が移った。髙平氏は、東京大会の4×100mリレーで金メダル獲得を目指す日本チームに対して「まずは自分の夢、目標を達成して、その上で〝日本の夢〟を達成してほしい」と話し、「結果が出るほど周囲の期待感が高まり、逆に目の前のことに集中しづらい部分も出てくると思う。バトンパスの精度を保ち続けられるかどうかが勝負所」とエールを送った。

競泳界では池江璃花子選手ら快進撃を続ける若い力の台頭は、中村氏も驚くほどだという。

「(日本記録を)何回更新したのか、もうわからないほどです。金メダルに限りなく近い種目もあると思う」と期待を込めた。

第2部 チームの力と勝利の舞台裏

「チームの力と勝利の舞台裏」をテーマに話題が展開された第2部。第1部の3名に、スポーツ心理学の専門家である東海大学体育学部教授の高妻容一氏、管理栄養士で国立スポーツ科学センター(JISS)の非常勤専門スタッフを務める石井美子氏が加わり、「チームの力」を生み出すサポートと、選手自身に求められる要素について意見が交わされた。

10月の出雲駅伝、箱根駅伝予選会、さらに11月の全日本大学駅伝と今季の大学駅伝シーンを振り返ると、改めて青山学院大学の強さが際立った。同じく本大会の舞台に立つ上田監督は「青山学院大学の弱点は現段階では見当たらない」と、箱根駅伝5連覇に挑む〝絶対王者〟を評した。

髙平氏も「私が見ても一目瞭然なほど青山学院大学は強い。他校は長期的なプランを組まない限り、打ち崩すことは難しいのではないかという印象がある」と、王者の強さに舌を巻いた様子だった。

一方、中村氏は「(前回準優勝の)東洋大学は1、2年生中心のチームだったということなので、当日のコンディションや、山上り、山下りの結果次第では何が起こるかわからない。そこが箱根駅伝のおもしろさでもあると思います」といった見立てを披露した。

高妻氏いわく、「青山学院大学は勝ち続ける根拠を持っている」という。「多くのチームが結果を求める中で、スポーツ心理学ではプロセスを求める。その点、青山学院大学は目標達成までのプロセスがよくプランニングされている。原監督の発表する『○○大作戦』もプロセスの一つである」とチームとしてのモチベーションコントロールの巧妙さを評価した。石井氏も「栄養面はもちろん、青山学院大学は選手の自己管理能力の高さが伺える。本番で10人に入れないメンバーが走っても、好成績を残すのではないか」と話した。

続いて、大きく4つのテーマに分けてディスカッションが行われた。1つ目のテーマは「箱根駅伝に見るチームの力」。

髙平氏は「実際に走るメンバーがすべてではない。サポートメンバーも含めて、一人ひとりが自分の役割を把握しているチームは絶対的に強い」と話す。他方で、「1年生に任せる大学は厳しい」とも言う。上級生が要所でチームを牽引して初めてルーキーが輝く。髙平氏の言葉を受けて、上田監督はこう話した。
「箱根駅伝の1区は〝1区を走る役割〟であって、付き添いをやる選手も、チームに欠かせない役割。各々の領域をしっかりと把握し、パズルのピースを埋めていくような作業の先に1つの駅伝が成立します。監督の役割は指名、指示するばかりではなく、選手自身の気づきを促すことにもある。そんな指導の先に、箱根駅伝から人が育っていく、ということにもなるのではないかと思います」
「各個人のレベルアップが総合力につながっていく」と語ったのは中村氏。五輪における競泳のリレー種目での経験から、チームの力を強く感じる場面が多かったという。
「リレーは最後に全員で戦う種目。だからこそ、個人種目で結果を出すことがリレーでの自信にもつながり、自信が好結果につながる。会場に入場して観客席を見やると、日本チームの応援が目に入ってきて、良い緊張感でリレーに臨むことができました」と振り返った。

高妻氏は、箱根駅伝で言えば「10人全員が〝ゾーン〟に入れるかが大切」と話す。緊張感とリラックスが程よいバランスで均衡し、ベストパフォーマンスを発揮しやすい心身の状態として知られる「ゾーン」。高妻氏いわく「日本のスポーツ界は技術、体力の向上に比重が置かれ、メンタルサポートの比重がまだ小さい。アメリカではオリンピアンに向けたメンタルトレーニングの教科書が存在する。だから、コーチ陣が刷新されても、メンタルサポートの体制は変わらない」と言う。心理面の強化は個々人のパフォーマンス向上、ひいてはチーム力を高める上で有効であるとした。

大学駅伝の現場で長年指揮を執る上田監督にとってみても、メンタルサポートの大切さを感じるという。「フィジカル、テクニカルの部分はノウハウが蓄積されていても、心の部分では『気合い』や『リラックス』といった定型ワードしかない。これが現状だと思います」と話し、中村氏の用いた「良い緊張感」という言葉を引用して選手たちのモチベーションを向上させる工夫が重要だと説いた。

髙平氏、中村氏の双方とも、現役時代は専門的なメンタルサポートを受けたことはなかったというが、それぞれに工夫を重ねてきた。髙平氏は「何事もポジティブに変換していく」ことを意識し、中村氏は「自分自身で抱え込んでしまう」という性格を踏まえて、コーチとの対話を通じて不安を一つひとつ解消していったという。

続いて、「選手の求めるサポートとは」というテーマへ移った。中村氏は競泳日本代表の平井伯昌ヘッドコーチの名前を挙げた。北島康介氏も師事した平井コーチの存在は、競技に取り組む上で大きかったという。
「平井コーチは選手に声をかけるタイミングがピカイチで、選手の立場からすると『なぜ今自分の考えていることがわかるのか』というぐらい。人を見る目がとても鋭い方でした」

髙平氏は、順天堂大学陸上競技部という大勢の部員が所属するチームで学生時代を過ごしてきた経験から、目標値の共有で悩むこともあったと話す。250人程度の部員が所属する陸上競技部において、五輪の舞台を目指す選手は一握り。「目標値の異なるメンバーの中に置かれて葛藤を覚えることもあった」と当時を振り返った。
「同じ目標を共有できる選手が周囲に少なかったことで『キツいな』と感じる時もありました。互いに目標を共有することができる良いライバル関係を構築していくことが重要ではないかなと思います」(髙平氏)

スポーツ心理学の観点からパフォーマンス向上へのヒントを紹介した高妻容一氏

「適切なタイミングでの指導者による声掛け」や「目標値の共有」といった心理的側面の強い意見が元アスリートの口から発せられた。それを受けて、続くテーマは「メンタル面のサポート」。同分野の専門家である高妻氏はどのように見ているのだろうか。
「チーム全体がプラス思考になっているかは、我々もよくチェックするポイントです。駅伝でも同様のことが言える。しかし、『プラス思考になれ』と言うのは簡単なんですね。例えば『ペップトーク』という、短い言葉で人がガラッと変わるコーチング手法がありますが、選手たちをプラス思考に持っていくための具体的な方法を提示することは、我々プロフェッショナルの役割だと思っています」(高妻氏)

加えて高妻氏が例に挙げたのは、メジャーリーグ、ロサンゼルス・エンジェルスが用いたイメージトレーニングメソッドだ。「自分は今、引退試合の会場にいる」と仮定し、アナウンサーが紹介する自身の経歴を書いていく、というプログラムである。自分自身の過去、現在、未来を俯瞰する目的があり、継続的に実施することで、身体と行動が自然に変化していくという。

奇しくも現在エンジェルスに所属する大谷翔平選手は、高校生時代から明確なビジョンをノートに記録し、実現してきた。「練習をやらされている状態では伸びない。ビジョンを明確にし、自主性を持って取り組んでいくことがスポーツ選手にとって大事なことです」と高妻氏は話す。

上田監督も言う。
「指導の現場で、選手に対して『自分は何者か』を10個書いてごらん、と言うと、すぐに書ける人、そうでない人がいる。後者の選手はまず自分自身を理解するところから始めなくてはいけないわけです。そういった選手に『監督の目線から見てどうか』と聞かれれば、私の視点からその選手の姿や特長を伝え、本人に“気づき”を促す。オリンピックのメダリストになるような選手は、気づきのポイントを見落とすことなく拾い上げる力が、身体的な能力とともに備わっていたのではないかな、と感じますね」

最後のテーマは「選手を支える栄養面のサポート」。石井氏が勤めるJISS(国立スポーツ科学センター)では、2012年ロンドン五輪から栄養面と身体のケアをサポートする施設を選手村に敷設し、大会期間中の選手のパフォーマンスを食生活の面から支えてきた。「さまざまな競技の選手が一堂に会する五輪の舞台。食事を介して選手同士の会話も活発に行われ、コミュニケーションの面でも良い影響があった」と石井氏は話す。

髙平氏は「とても美味しくて、ここにしか行かなくなってしまいそうでした」と話しながらも「遠征先で望む食べ物を摂ることができずにストレスが溜まる、ということを防ぐため、食事にこだわりすぎないように気をつけてもいた」と言う。

他方で中村氏は、2001年頃よりJISSに寝泊まりをして、食事も同施設内で摂っていた。浮力を確保するためにある程度脂肪をつける必要のある競泳では、体質的に体重が増えにくかった中村氏には苦労があったという。JISSの食事面でのサポートに加えて、栄養士の学校に通っていた母親の協力も大きかったと話した。

ただし、競技レベルが向上すればするほど、周囲のサポートが手厚くなる反面、石井氏は「一方向的なサポートはしていない」と話す。
「サポート側として『これを用意する』というよりも、栄養について選手が学ぶ機会を作ることで、選手自身の応用を促すことが大切だと考えています」(石井氏)

元アスリート、専門家、指導者の立場から、競技パフォーマンスを最大化するためのサポートに関して議論が交わされた今回の箱根駅伝シンポジウム。最後に、登壇者がそれぞれ箱根駅伝に出場する選手のさらなるレベルアップに向けた提言を行った。
「箱根駅伝を経て世界に打って出る時に、サポートをされることに慣れていたら自分の力では何もできなくなってしまう。選手自身の自立を促すことが一番のサポートだと思っています」(髙平氏)

アスリートを栄養面から支えながら成長へのアシスト役も果たしている石井美子氏

「今、男子マラソンが東京オリンピックでメダルを狙える位置にいると思いますが、彼らも箱根駅伝のOBでもあるわけですよね。これから大学に入って箱根駅伝を目指す選手には、箱根駅伝を経て、オリンピックへ、という気持ちを持って戦って頂きたいと思います」(中村氏)

「やはり日本の陸上競技界は、〝技〟と〝体〟は鍛えても、〝心〟がついてきていないと感じます。心技体のバランスが取れた時に最高のパフォーマンスを発揮することができる。さらに、日本のスポーツ界には〝楽しむ〟ことがまだ足りない。確かに長距離走は辛いけれども、結果から箱根駅伝を考えるのではなく、楽しんでほしいと思います」(高妻氏)

「特に、箱根駅伝が開催される冬の時期は体調を崩しやすい。大会当日に体調を崩さないように、自分自身で体調管理ができる自立心。自分で自分を見つめるということが大事なのかなと思います」(石井氏)

関東学連駅伝対策委員長としてシンポジウムのコーディネーターを務めた山梨学院大学の上田誠仁監督

「心、技、体。この3つの調和が大切。さらに、それを〝知る〟ということも非常に大事だと思いました。自立した選手を育成していくことが、これからの箱根駅伝において大事なのかなと感じています」(上田監督)

最後にパネリストが箱根駅伝を駆ける学生ランナーへのエールを述べた後、上田監督がこう締めくくった。

日本テレビの上重聡アナウンサーが司会を務めた

「〝最強〟と言われる青山学院大学に他校がどう向かっていくのか、予選会から勝ち上がってきたチームがどのようにシード校に挑むのか、また、記念大会に参加する23チームだけの戦いではなく、予選会で敗退したチームからも多数、沿道に補助員が出ています。第95回大会は、箱根駅伝の歴史を築いてきた方々の大会でもあり、『箱根から世界へ』という思いは大会を創設した金栗四三(かなくりしそう)氏の壮大なドラマでもあります。それも含めて選手たちはスタートラインに立ちます。皆様の熱いご声援をよろしくお願いいたします」

協力:月刊陸上競技/陸上競技社