日本マラソン界のニューヒーロー
服部勇馬
(トヨタ自動車/東洋大学OB)
第95回箱根駅伝をちょうど1ヵ月後に控えた12月2日、
福岡国際マラソンで服部勇馬(トヨタ自動車/東洋大学OB)が2時間7分27秒の好記録で
同大会14年ぶりの日本人王者となった。
2018年は設楽悠太(Honda/東洋大学OB)と
大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト/早稲田大学OB)が日本記録を相次いで更新。
8月のアジア競技大会(インドネシア・ジャカルタ)では
井上大仁(MHPS/山梨学院大学OB)が日本に32年ぶりの金メダルをもたらすなど、
箱根駅伝から巣立った若手OBたちが男子マラソンで大活躍した。
箱根駅伝創設の理念は「世界に通用するランナーの育成」。
2020年の東京オリンピックを控え、箱根駅伝の果たしてきた役割が
改めて注目されることになるだろう。日本の男子マラソンが「4強」と言われる中、
有力選手の中で最も若い25歳の服部に話を聞いた。
前編後編
12月2日に行われた第72回福岡国際マラソンは、師走に入ったというのに正午の気温が20.1度。しかも、レース中盤までは晴れ間もあり、1km3分00秒のペースメーカーについていった国内外の招待選手が相次いで脱落していった。その中で、社会人3年目の25歳・マラソン4戦目の服部勇馬(トヨタ自動車)はどっしりと構え、ペースメーカーが外れる30km以降に備えていた。
「僕は普段から発汗量が多いですし、ウォーミングアップ中も『暑いな』と感じていたんです。スタートして10km手前ぐらいまでが一番暑かったですね。でも、後半は風が少しあって曇ってきましたから、ほとんど汗もかかなかったです。ペースに関しては、3分ペースに余裕がありました」
36km過ぎの給水所で、服部が水分と糖質に分けた2本のスペシャルドリンクを飲みながら先頭に出ると、ついてきたのはイエマネ・ツェガエ(エチオピア)とアマヌエル・メセル(エリトリア)の外国選手2人だけ。
「あまりスパートというイメージはなくて、後ろを振り返ったら外国人選手2人がきつそうで、ちょっと離れていたんです。だったら『行ってもいいかな』と。だけど、初マラソン(2016年・東京)も2度目のマラソン(2017年・東京)も、続けて35km以降に失速していたので、『38kmあたりでいつもの自分になっちゃうのかな』という不安もあったんです」
東洋大学2年の時の熊日30kmロードレースで1時間28分52秒の日本学生記録を樹立している服部は、早くからロードで適性を示し、3年の冬、東京で初マラソンに挑戦する予定だった。しかし、ケガで1年スライド。箱根駅伝の〝花の2区〟で2年連続区間賞の偉業を達成した後、大学卒業を目前にして挑んだ初マラソンでは、30kmから35kmでそれまでのスプリットタイムを1分以上上回る14分54秒にアップ。一時は日本人トップに躍り出たものの、38kmあたりから急落し、2時間11分46秒で12位に終わっている。
その1年後、社会人になって東京マラソンに出場した服部は、サブテンを達成して2時間9分46秒(13位)。しかし、35kmから40kmでまた16分07秒にスプリットタイムを落とし、「自分は35km以降が弱い」と課題を明確にした。
「今年7月にアメリカのボルダーで日本陸連の男子マラソン合宿があって、(8月の)アジア大会に出場する井上大仁さん(MHPS)の練習や生活を目の当たりにしたんです。そこで、自分のマラソンに対する取り組みがいかに甘いか痛感しました。それをきっかけに自分を見つめ直し、9月のハーフマラソン(チェコ・ウスティ)で自己ベスト(1時間1分40秒)を出せたのです」
5月のプラハで3回目のマラソンを走って2時間10分26秒(5位)だった服部は、「年内にもう1回レースをしたい」と福岡国際マラソンへの出場を決め、3ヵ月半の準備期間中に40km走を6回、45km走を1回。その間に120分ジョグ、150分ジョグを「40km走の数以上」入れて、大会直前の記者会見では「今までにないぐらい準備ができた」と言い切った。
「距離走を増やしたことは確かです。ただ、遅いタイムでそれをやってもマラソンにつながるのか疑問に思っていたので、ジョグの動きとレースの動きを同じにして、スピードを上げても同じリズムにするのがキーポイントだと思いました。月間走行距離も平均300kmは増えてます。1km3分ペースに対しての余裕度も増していって、距離を延ばしてもきつくなくなりました」
2時間4分台の記録を持つツェガエらを置き去りにした服部は、35kmから40kmで14分40秒にペースアップし、福岡の街を独走。課題を克服できている自分に「成長しているな」と実感しながら走っていた。
平和台陸上競技場にトップで帰ってくるとサングラスを外し、ラスト100mでは白いキャップも取った。2004年の第58回大会以来、14年ぶりの日本人優勝。2時間7分27秒は日本歴代8位に当たり、服部は2020年東京オリンピックの代表選考レース・マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)への出場権を獲得した。あまりの見事な勝ちっぷりに、日本陸連の尾縣貢専務理事は「男子マラソンはこれまで〝3強〟だったけど、確実に〝4強〟になった」と賛辞を惜しまなかった。3強とは、2018年に日本記録を出した設楽悠太(Honda)と大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)、そしてジャカルタ・アジア大会金メダルの井上大仁(MHPS)である。
「何よりも練習の成果が出たのがうれしい。今まで失速していたので、今回は残りの7kmさえしっかり走れれば、これぐらいのタイムは出ると思っていました。マラソン1回目、2回目は32~33kmでアクセルを踏んでしまって、ラスト5kmで失速しましたけど、今回はアクセルを踏まなくても、3分ペースを持続できれば良かった。そういう対策をしてきたんです。僕の理想のマラソン像は、3分ペースをいかに楽に、長く持続させるかです。そのペースを2分58秒、2分57秒にしていければ、2時間5分台、6分台が見えてくるはずです。今回は平坦なコースなのでビルドアップできましたけど、来年9月のMGCレースは最後が上りになるので、また対策を考えないといけませんね」
大会 | 個人 | チーム |
---|---|---|
89回大会(2013年) | 9区 区間3位(1.11.02) | 2位 |
90回大会(2014年) | 2区 区間3位(1.08.43) | 優勝 |
91回大会(2015年) | 2区 区間1位(1.07.32) | 3位 |
92回大会(2016年) | 2区 区間1位(1.07.04) | 2位 |
日付 | 開催場所 | 順位 | タイム |
---|---|---|---|
2016. 2.28 | 東京 | 12位 | 2.11.46 |
2017. 2.26 | 東京 | 13位 | 2.09.46 |
2018. 5. 6 | プラハ | 5位 | 2.10.26 |
2018.12. 2 | 福岡国際 | 優勝 | ★2.07.27 |
タイム | 選手名(所属) | 日付 | 開催場所 |
---|---|---|---|
①2.05.50 | 大迫 傑 (ナイキ・オレゴン・プロジェクト) |
2018.10. 7 | シカゴ |
②2.06.11 | 設楽悠太 (Honda) |
2018. 2.25 | 東京 |
③2.06.16 | 高岡寿成 (カネボウ) |
2002.10.13 | シカゴ |
④2.06.51 | 藤田敦史 (富士通) |
2000.12. 3 | 東京 |
⑤2.06.54 | 井上大仁 (MHPS) |
2018. 2.25 | 東京 |
⑥2.06.57 | 犬伏孝行 (大塚製薬) |
1999. 9.26 | ベルリン |
⑦2.07.13 | 佐藤敦之 (中国電力) |
2007.12. 2 | 福岡国際 |
⑧2.07.27 | 服部勇馬 (トヨタ自動車) |
2018.12. 2 | 福岡国際 |
⑨2.07.35 | 児玉泰介 (旭化成) |
1986.10.19 | 北京国際 |
⑩2.07.39 | 今井正人 (トヨタ自動車九州) |
2015. 2.22 | 東京 |