“平成の常勝軍団”の異名をとった駒澤大学は、栄枯盛衰の激しい箱根駅伝において、令和の時代になっても優勝候補に挙がる強豪校。箱根駅伝で初の総合優勝を成し遂げたのは、2000年の第76回大会のことだった。
この初優勝時に駒大の主将を務めていたのが、現在國學院大學で監督を務める前田康弘だ。
前田が入学した年は、駒大は3年連続でシード権を逃しており、箱根駅伝は予選会からの出発だった。だが、1学年上には、のちにマラソン日本記録保持者となる藤田敦史(現・駒大コーチ)がおり、前田が在籍した4年間で戦う集団へと変貌を遂げていった。
しかし、大学3年時には、出雲駅伝、全日本大学駅伝を制し、学生三大駅伝三冠に王手をかけながらも、箱根駅伝では総合優勝を逃す。藤田ら先輩が流す涙を見て、前田は“箱根駅伝で勝ちたい”という想いを強くした。
そして、自身が主将となった4年時についに悲願を成就させた。
前田が國學院大の監督になって14年目の今季、チームは出雲駅伝、全日本大学駅伝ともに2位と大健闘を見せた。しかし、教え子たちはその結果にも満足することなく、むしろ悔しさを覗かせ、“勝ちたい”という想いを口にしていた。
ふたつの駅伝で頂点に立っていたのが、前田の母校の駒大だ。
前田が大学3年生だった時と同じく、駒大は三冠に王手をかけている。恩師・大八木弘明監督にとって三冠は大願。母校の後輩たちもまた“勝ちたい”という想いが強い。
学生時代の前田が抱いた“勝ちたい”という想いは、教え子たちにも、母校の後輩たちにも、しっかりと受け継がれている。両校ともに優勝候補に名前が挙がる第99回大会、その想いと想いがぶつかる――。
第3回 プレゼント応募キーワード
師弟