BEER SURPRISE 至福の余韻 豊かな甘味、奥深い余韻

新発売

ファミリーマート限定

2020.4.14

SHIFUKU NO YOIN

サッポロビール
“ビアサプライズ”シリーズ第6弾!
「至福の余韻」

麦から生まれた豊かなあまみ、奥深い余韻。
豊潤味わい製法という、麦由来のあまみを引き出し、
長期熟成を行う製法を採用したことで、
豊潤な味わいに仕上げました。
奥深い余韻に浸りながら、至福の時間をお楽しみください。

至福の余韻の歌声、
木山裕策さん人生の余韻を語る

あの名曲「home」でお茶の間に至福の余韻をお届けした
木山裕策さんと息子の竣策(しゅんさく)さんに
これまでの人生の余韻を語り合っていただきました。

今振り返る、デビュー前の時期の余韻

歌との出会い

裕策:僕の場合は、物心ついた頃から歌ってたから”歌”のきっかけはあまりなかったんだけど。君は?

竣策:僕は家で流れてた曲を聞いてたけど、父さんがライブを始めてから”トライプレイン”っていうバンドの方々に出会って僕はそこから音楽を聴き始めたかな。(父さんは)この人を初めて見て、歌おうと決めた人とかいないの?

それで言うと、小学5年生か6年生(の出来事)だったかな。連ドラの主題歌を誰が歌ってるかが分からなくて、レコード屋さんに行ってね。当時は録音出来ないから、自分で「この歌なんですけど」って店員さんに歌って(笑)。松山千春さんの『夜明け』っていう曲だったんだけど。(歌うこと自体に)出会ったのは、そんなきっかけ。

歌おうと思ったきっかけ

「歌おう」と思ったのは、36歳で甲状腺がんになったことかな。会社員ずっとやっていたし、歌手なんて簡単になれるものじゃないと思ってたから挑戦もしない、そんな人生だったんだけどね。「やっぱり歌おう」と思ったのは「声が出なくなるかもしれない」と思ったから。

(歌手になるという)発表があったわけでもなかったもんね。家にカメラが来た時はびっくりしたけど「今から僕は歌います」みたいな宣言があったわけでもないし。まぁ、だからこそびっくりしたんだけどね(笑)。

そうだよね(笑)。”がん”が分かった時、君は何歳だったかな。

めちゃくちゃ小さいよ、小学3、4年だったかな。

自分が”がん”だとわかって

いきなり会社の人間ドックで言われちゃったから 、僕も心構えができてなかった。当時、子どもが3人いて”がん”になってる暇もなかったっていうのが本当に正直なところだったんで。もう悩んじゃってね(笑)。子どもには”がん”って言わなかったんだよ。心配しちゃうから。

「入院する」「母さんがお見舞いに行く」っていうのは聞いてたけど。「兄弟ができます」っていう時とホント同じテンションで(家族会議に)集められて言われた、っていうのは覚えてる。

そう、ウチね。重要なことがあると”家族会議”を開くのよ(笑)。そこで「お父さんちょっと病気になったから、治してくるから」って言って入院したんだけど。後からドキュメンタリー番組を見て「お父さん、”がん”だったの?!」みたいな(笑)。

一週間ぐらい入院したんだけどね。しばらくは言わなかったね。ただ、僕は「声が出なくなるかもしれない」って言われちゃったから、一回そこで立ち止まって「本当にやりたいことって何だろう」って考えてオーディションに応募したっていうのがきっかけだったね。
いきなり会社の人間ドックで言われちゃったから、僕も心構えが出来てなかった。
もう悩んじゃってね(笑)。

今振り返る、デビューの時期の余韻

オーディション秘話

裕策:深夜のオーディション番組に、家族に内緒で応募したんです。平井堅さんの曲でテレビに初めて出て。(テレビに出ることは)妻には言ったけど子ども達にはちょっと言えなかった(笑)。

竣策:(テレビに出たのは)録画したやつで見た。合格した日にカメラと一緒に帰ってきて、僕らは本当に人に見せるような姿ではないパジャマ姿だった(笑)。

そう、家も散らかってた(笑)。

子ども達に「お父さんどう思う?」とか聞いてきて(笑)。初詣とかもついてきたもんね。(最初にテレビが来てから)テレビ局が追ってくれて、半年後に合格したんだよね。

デビューしてからの生活

あの辺からちょっとずつ、(生活が)変わって来たよね。

デビュー決まった頃は6年生だった?

そうですよ。忘れもしない。当時、”プロフィール帳”っていうのが流行ってて、僕はクラスでなじめない子だったんでね、(本来なら)あまり貰わなかったんですよ。ただ”親が歌手”となると、みんなほしい訳ですよ(笑)。なので、僕にプロフィール帳を渡してきて、最後にサイン貰ってきてって言うのがね。父さんのデビューに付随する苦い思い出として覚えていて(笑)。

僕は、君がそんな思いをしている事を考える余裕もなく。 実際に、デビューしたのは39歳で、会社員も続けてて当時課長だったからとにかく忙しくて。平日は仕事、土日は歌で居なかったからあんまり会えなかったよね。

そう。お父さんってこういうもんなんだって思ってた(笑)。

『home』って歌ってるけど。本当に家にいない(笑)。

なかなか帰ってこない(笑)。

歌手と父親の両立

歌手と父親の両立という生活が始まったんだけれど、デビューしてから3年間は休みがなかったんですよ。その時って何か覚えてる?

覚えてる。金曜日の夜にね、絶対にお土産買ってくる(笑)。

そう!おもちゃ付きのやつでしょ?

おもちゃ付きのやつとか、カードとか。生活時間が合わなさすぎて会えないけど、それを兄弟でめちゃくちゃ楽しみにしてたのを思い出すね。

それぐらい会わなかったね。両立はやっぱり慣れなかった。歌は歌で慣れないからさぁ。

課長と新人クラスの仕事同時だもんね(笑)。

そう。だから平日は偉そうに課長やってるんだけど、土日はペコペコして・・・確かにそんな感じだった。(笑)まぁ、歌もあったし、会社も行ってたんだけど、子どもと過ごす時間だけは実はすごく大切にしてて。徹夜で仕事行っても次の日休みで歌の仕事なかったら、無理やり出掛けて屋形船に乗って俺だけヨダレ垂らし寝てるみたいなね(笑)。

寝てた寝てた(笑)。確かに家族でどこかに行くっていうイベントは結構あったね。ちょうど4人目が生まれたくらいの時期かな。

一番下の子がまだちっちゃかったね。大変だったよね、君も一番忙しい時期だったから。

僕は中学生にして自転車で四男送ってましたから、幼稚園まで(笑)。

上のお兄ちゃんたちに下の子の世話をして貰ってね、無理やり。「お願いね!」みたいな感じでね(笑)。

昔は怖かったけどね(笑)。デビューする前まではめっちゃ怖かったから、歌を始めてから、話す機会が増えたかな。歌の話が出来るからね。ただ、そういうのもあって次男三男には”なめられる”っていう(笑)。

今はそうだよね、頭叩かれたりして、そんなお父さん像に変わってきました(笑)。 

今振り返る、人生の余韻

”一人で追う夢”から”家族で作る夢”へ

裕策:僕は27歳で父親になって、そこからずっと子育てをしてるんだけど。

竣策:僕は24歳だから、あと3年。

本当だ! あと3年かぁ。でもさ、それまでは好きなことをとにかく1人でやって、夢があって。その時は物書きになりたかったからさ。それに向かって「誰にも迷惑かけずに生きていけばいいや」と思ってたんだけど。父親になって初めて、なんかね・・・考え方が変わったんだよ。君が生まれて、本当に人生が変わったんだよね。なんて言えばいいのかな。面と向かってはあんまり言えないのに、MCではよく言うんだけど(笑)。「この子のために、頑張って働く」っていう生き方が素晴らしいと思ったの。それまでは「夢がないと生きていても仕方がない」とか「(夢がないと)生きる意味がない」とか思っていたのに。

僕はそれくらいの時期だわ。

そうだよね、やっぱり思うじゃん、若い頃は。

そういうこと思ってもいいのかな、とは思う。

実際、俺めっちゃ思ってた。「生まれてきた意味がないよ、何か成し遂げないと」って。でもなんか疲れちゃって。ずっと20歳くらいから夢に向かってるんだけど、何も実らなくてさ。そこで、同じ夢を持っている人と結婚して、すぐ子どもが生まれて。その時に「子どもってこんなに可愛いんだ」「この子たちのために働くって、生きていくって、すごい楽しいじゃん」って思って。そこから子どもたちが増えて、どんなに忙しくてもどんなに徹夜しても「頑張って生きていこう」、そんな風に思えるようになった。もしかしたら君も、いつかそんな時期が来るのかもしれない。

今はまだ、そんな考え方は「大人だなぁ」って思うけどね。

今は分かんないよ。俺も子どもが生まれて初めて”お父さん”になったんだから、当たり前だけど(笑)。でも女の人って結婚する前から「子どもが欲しい」とかって思ってるけど、男の人って子どもが生まれて初めて”お父さん”になっていくんだよね。実際、君も数年後はそんな風になるかもしれないよ。

余韻を味わう時間

僕は、20代には夢に向かって走ってたし、30代は30代で走り抜けたし、40代は歌を歌い始めて二足のわらじで走りまくって。僕は3年に1回転職したりもしていて、余韻なんて楽しむ暇がなかったのよ、今まで。実は時々立ち止まりはするんですよ。このままでいいのかどうかって分かんないし。とはいえ、立ち止ってもすぐ違う会社に行くからまた走り始めるのね。

そうだね(笑)。転職して間は作るんだよね。だけど、その間って自分のこと考えちゃうからね。

ただ、50歳過ぎて、初めて本当に立ち止まろうと思った。会社を辞めて、事務所からも独立して。50歳過ぎたら”残りどのくらい生きれるのか”っていうのがすごく気になるの。

(人生の)半分は跨いでるもんね。

そう。あと”残りどのくらい歌えるのか”も気になるのね。人生を振り返って、独立する前に”良かったこと””嫌だったこと”色んなことを考えて、出した結論は”歌”なのね。僕はライブ終わった後の余韻が今までも必要だったし、これからも必要。自分が生きてきた意味って何かそこにあるじゃないかな?って。そんな風に人生の余韻をどんどん増やしていきたいんだよね。

40年走り抜ければ、そこで残る”余韻”はきっと大きいと僕は思うから。そういうことを味わうために立ち止まることも必要で・・・と20歳は偉そうに思うよ。

あはは(笑)。(動画で)言ってたもんね、余韻を感じるのは大人なんじゃないかって。そうかもしれないね。

特権ですよ。

大人になってそういうものがどんどん増えて。だから良い余韻、だといいよね。

そう。余韻と後悔は一緒に来るから、余韻を味わえるように人生持ってけたら良いかなって。

あらためて考える、自分にとっての余韻

これから目指したい人生の余韻

竣策:大きな夢とか今まであんまり抱えずに生きてきたんですけど、今、紆余曲折ありながらも働かせていただいて。長く付き合っている彼女もいて・・・心にやっと余裕が出来てきたんです。それで改めて自分のことを振り返って”人生楽しい時”って、僕は”歌を歌ってる時”なんだよね。

裕策:そうなんだね! それは初めて聞いた。

はは(笑)。やっと自分と向き合えるぐらいの大人になったので、大人でいつつ、勿論、周りに迷惑かけちゃ駄目なんだけど、持ってるものはこぼさずに自分のやりたいことをやるように余裕を持って、頑張りを”歌”に繋げられたなと思ってます。

いいね。凄いよ。僕、そういう余裕ができたのは40過ぎだったから。(笑) 早いよ!24歳だからね。うん、一緒に、音楽で仕事が出来れば良いな。
僕は、余韻を味わって、また新たな道を歩き始めて。その先の良い余韻を作っていきたいというのが一つあって。
もう一つは”歌を歌う”っていうことが、若い人たちに向けてのメッセージになるんじゃないかって思ってるの。僕が生きてきた苦労とか、紆余曲折があった人生とか、もしかしたらそんな僕の歌が”誰かの余韻”につながるんじゃないか、ってそんな風に思うんですよ。

サラリーマンもやってきた歌手だもんね。

そうそう。なんか変じゃん。

もちろん、同じ道を歩めとは言えないけど「こういうヤツもいるんだぜ」が(力になって)届くかもしれない。

そう。「これでいいだろうか」とか「本当はこんなことをしたいのに」とか悩む人はいっぱいいると思うの、僕自身がすごく悩んでたから。僕が一つのサンプルになることで”自分の信じる道を頑張って進むこと”への後押しにつながるんじゃないかって。それが今の僕の夢であり、目標で。でも歌い続けないとそれは出来ないことだから、頑張って歌い続けたいって思ってる。

余韻を味わうことの大切さ

僕は時々人生を振り返るのはすごく重要だと思っていて。人生って忙しいし、流されちゃうから。20代、30代は特に忙しいからね。

本当に最近(忙しいって)思うよ。

本当にね。でもちなみに40代めっちゃ早いよ(笑)。

本当に嫌(笑)! それこそ余韻感じられなくなっちゃうからね。そういう意味でいうと余韻って贅沢なものだよね。

本当だよね。一度きりの人生だからさ、たまには立ち止まって、お酒を飲むのもよし。そんな風に余韻を大事に生きていきたいよね。

木山 裕策

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木山裕策さん
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アルバム名「ラヴ&メモリーズ」発売日:2020/6/10

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