「東日本大震災の津波で被災したことが、海を生業として繁栄してきた気仙沼のことを見つめ直すきっかけとなりました。また、あって当たり前と思っていたエネルギーや食糧などの需給体制が実は脆弱で、いとも簡単に崩れ去る現実を突きつけられたとき、がむしゃらに行動せずにはいられませんでした。そして、いざ行動を起こしてみると、多くの協力者が次々と集まってきた。この人と人との繋がりによって、『普及させる会』の活動を続けることができたのだと思っています」と、代表の臼井壯太朗さんは3年の活動を振り返る。