まちの人々が誇りに思う場所へ。

永楽館・館長 赤浦 毅さん

あかうら つよし
1976年、神戸市出身。大学卒業後、神戸市内のアンティーク専門店のバイヤーを経て、妻の出身地であった豊岡市出石町の人々や地域の温かさに魅了され、2008年に移住。永楽館の初代館長として日夜運営に携わる。

赤浦 毅さん

大改修を経て蘇った近畿最古の芝居小屋

——この永楽館は今から117年前に立った県重要有形文化財にも指定される歴史ある建物だそうですね。桟敷席に花道、廻り舞台が当時のまま残っていたり、古いレトロな看板が飾ってあったりと、館内に入ると、一瞬でタイムスリップしたような気分が味わえます。

赤浦 ここに入ると、みなさんそう言って驚いてくださるんですよ(笑)。ここは明治34年に芝居小屋として開業し、当時は歌舞伎をはじめ、新派劇や寄席などが上演されるなど、但馬大衆文化の中心として大変栄えたんです。その後は時代と共に映画上映が中心となったんですが、テレビの普及や娯楽の多様化などから昭和39年のオリンピックの年に閉館しました。その後、地域の人々が復興に向けて活動をはじめ、大改修を経て、平成20年に44年ぶりに蘇ったんです。

永楽館イメージ
赤浦 毅さん

——赤浦さんは大阪のご出身だそうですが、永楽館の初代館長となったいきさつは?

赤浦 私は神戸の須磨区出身で、その後は大阪で育ちました。大学卒業後は神戸で古着などを扱うアパレル関係の仕事に就いたんですが、奥さんの実家が出石で、ここを訪ねるたびに城下町の情緒があって日本らしい風情が残るこの土地にすっかり魅かれてね。ちょうど長女が生まれたのを機に子育てをするならここだと移住を決めました。アパレルで働いていたので最初はカバンの仕事に就こうと思っていた時に永楽館を運営する仕事を募集していて、「地場産業もいいけれど、気に入ったまちの仕事ができるのもいいな」と思ってこの仕事に就かせていただきました。だから最初は小屋の運営方法はおろか何もわからない全く無知な状態からスタートしたんですよ。

永楽館イメージ

——しかし、今ではこのまちのシンボルとして、地域の人々に親しまれる催し物を開催するなど、この10年間で永楽館はこのまちになくてはならない存在になっていますね。

赤浦 最初はどう運営していけばいいのか本当に悩みました。どうすればこの館の魅力を伝えることができるんだろうって。そこで、この出石のことや永楽館の歴史について徹底的に勉強して、どこにでも出向いてひたすら話し続けました。そうするうちに観光客が次第に増えてきたんですね。それと同時にここは町民が楽しむ場所にしていかなければならないとも思っていました。片岡愛之助さんが座頭を務める永楽館歌舞伎など文化芸術活動はもちろん行いますが、それ以外にロックイベントや結婚式、地元のイベント、フリーマーケットに至るまで様々なことをやってきたんですよ。文化的価値のあるものだから敷居を上げるんじゃなく、使ってもらってナンボ(笑)。「前例がないからやらないのではなく、前例がないならやってみよう」を信条に、依頼があれば何でも受けました。今では貸し館としての利用は右肩上がりで、昨年は過去最高に。まちの人がいかに楽しめて、永楽館を誇りに思ってくださるか、それに尽力したことが10年経って、ようやく形になってきたなと思います。

子供たちが文化を受け継ぎ、心の拠り所となる場所へ。

——赤浦さん自身もこのまちの人になって10年経ちますが、豊岡の印象は変わりましたか?

赤浦 ここに来る前は田舎に行くからゆっくりした時間が持てると思ってたんですが、来たら全く逆で、いい意味で忙しい(笑)。仕事は17時に終わるけれど、地域の付き合いがあるんです。祭りもあれば学校のPTA、消防団もあり、移住してきた人は付き合いの多さに苦労する人もいるかもしれません。けれど私は接客業をしてきたこともあって人と話をするのが好きだし、話してその人の人生に触れることができるのが何より楽しい。最初は田舎暮らしをして子供たちとワイワイキャーキャーしようと思っていたら、今は地域のコミュニティにどっぷり入って、まちの人たちとワイワイキャーキャーしています(笑)。でも、そうすることで自分が暮らすまちの骨格が見えてくるんですよ。都会に住んでいれば隣に暮らす人がどんな人かもわからなかったけれど、ここではみんな顔見知りだし、多忙だけれど、心の中はゆったり暮らしているな、と思います。

永楽館イメージ

——永楽館と共に赤浦さん自身も再生していったんですね。次の10年はどんなビジョンを描いているんですか?

赤浦 永楽館の運営が順調になる以前、いろんな興行を打っても全然人が入らなくてどうしたらいいんだろうと悩んでいた時があったんです。その時に救ってくれたのが町民による落語会でした。地域の有志による素人落語家たちが「城下町いずしを笑いで元気に!」とばかりに行なった落語会が好評で、これをきっかけに地元の人たちがこの館を盛り上げてくれるようになったんです。近年はこの落語会を発展させた子供落語会や子供歌舞伎なども開かれ、ここが文化を育てる拠点となって、子供から大人まで世代を超えた交流の場となりつつあります。そういった催しを続けていくことで、子供たちが落語や歌舞伎、狂言といった文化を受け継いでくれればと思うんですよ。そして、子供たちが成長して他の地域に行ったとしても、地元に永楽館があることを誇りにでき、ここに帰ってくる一つのきっかけになれば。そういった心のふるさとになる場所を作ってあげたいと今は思っています。

永楽館イメージ

永楽館

明治34年(1901)に芝居小屋として開業し、平成20年(2008)に復活した近畿最古の芝居小屋。開業当時の趣をそのまま残した館内を一目見ようと、毎年多くの観光客が訪れる。また、開館初年度から毎年秋に開催されている片岡愛之助による「永楽館歌舞伎」は、今では出石の風物詩となり、毎年多くの観客で賑わう。
≫ http://eirakukan.com