サッポロビール株式会社
★SAPPORO
  • よくあるご質問・お問合せ
  • サイトマップ
  • マイページ
  • 会社情報
  • サッポログループ

ホーム > サッポロを知る > サッポロビール物語 > 街の名になったビール「ヱビス」

 

サッポロビールとビールのあゆみ サッポロビール物語

130年の変遷をイメージで巡る  サッポロビールビジュアルライブラリー

1890年(明治23) 街の名になったビール 「ヱビス」

STORY1 ドイツ製の醸造設備でドイツ人が造る 東京のビール「ヱビス」

「恵比寿」という名は、ビールが先

1887年(明治20)9月、中小資本家が集まり「日本麦酒醸造会社」は設立された。1889年、現在の東京・目黒区三田に醸造場が完成。そして翌年2月、「恵比寿ビール」が発売された。ドイツ人醸造技師が造る本場の味は、東京を代表するビールとして人気を博した。その人気の高さは後に駅名や地名となったことからも伺える。

1889年(明治22)竣工の「ヱビスビール醸造場」

発売当初の「恵比寿ビール」ラベル

STORY2 ヨーロッパが認めたヱビス パリ万博で金賞受賞

贈答用木箱に刻まれた高品質の証

1900年(明治33)は恵比寿ビールの記念すべき年であった。パリ万国博覧会で金賞を獲得したのである。ビールは30ヶ国以上から出品された中での受賞であるから本物の評価だ。またビール樽を重ねたディスプレーも高い評価を得た。その後、恵比寿ビールの品質の高さを示す証として、贈答用木箱には受賞を伝える刻印が長く刻まれた。

「巴里万国大博覧会金牌」と刻印された贈答用木箱

1900年(明治33)の暦付ポスター

STORY3 名品。いま、よみがえる。 特製ヱビスビール。

戦後、わが国初の麦芽100%ビール

1971年(昭和46)12月、戦前の人気ブランドヱビスビールが復活した。戦時中の1943年に全てのブランドが廃止されて以来28年ぶりである。復活に際して、単なるブランド復活ではなく、高品質ビール、ドイツタイプのビールの商品化に取り組んだ。そしてヱビスビールは戦後、わが国初の麦芽100%の特製ビールとして蘇った。

1971年(昭和46)のポスター

STORY4 ヱビス復活の舞台裏 ビール純粋令に着目

サッポロ技術陣の総力を結集

ドイツタイプのビールとは、ドイツでは1516年の「ビール純粋令」により、大麦、ホップ、水以外の使用を認めていない。したがって、米やコーンなど一切の副原料を使用しない麦芽100%ビールのこと。しかし副原料の使用に慣れた技術陣には大きな障害であった。それを見事に乗越えて、リッチでコクのあるビールに仕上げた。

1971年(昭和46)の「ヱビスビール」ラベル

現在サッポロでも

Point 金・銀ゑびす クチコミで広める

恵比寿様のご利益があるのでは?と評判に

過去のヱビスの広告でちょっと評判になったのは、王冠の裏に一定の割合で「金ゑびす」「銀ゑびす」の文字を印刷し、これに当った方に、賞品として金または銀の恵比寿像をはめ込んだお守りをプレゼントするというもの。恵比寿像は小さいながら純金、純銀製であった。恵比寿様のご利益にあやかりたいと、だれもが欲しがったとか。

変わらぬ人気のヱビス

復活以来、絶大な支持を得ているヱビスビール。品質の高さは誰もが認める、ちょっと贅沢なビールである。

「ヱビスビール」サイトへ
 
ページトップへ戻る