ホーム > サッポロを知る > サッポロビール物語 > 街の名になったビール「ヱビス」
1887年(明治20)9月、中小資本家が集まり「日本麦酒醸造会社」は設立された。1889年、現在の東京・目黒区三田に醸造場が完成。そして翌年2月、「恵比寿ビール」が発売された。ドイツ人醸造技師が造る本場の味は、東京を代表するビールとして人気を博した。その人気の高さは後に駅名や地名となったことからも伺える。
1889年(明治22)竣工の「ヱビスビール醸造場」
発売当初の「恵比寿ビール」ラベル
1900年(明治33)は恵比寿ビールの記念すべき年であった。パリ万国博覧会で金賞を獲得したのである。ビールは30ヶ国以上から出品された中での受賞であるから本物の評価だ。またビール樽を重ねたディスプレーも高い評価を得た。その後、恵比寿ビールの品質の高さを示す証として、贈答用木箱には受賞を伝える刻印が長く刻まれた。
「巴里万国大博覧会金牌」と刻印された贈答用木箱
1900年(明治33)の暦付ポスター
1971年(昭和46)12月、戦前の人気ブランドヱビスビールが復活した。戦時中の1943年に全てのブランドが廃止されて以来28年ぶりである。復活に際して、単なるブランド復活ではなく、高品質ビール、ドイツタイプのビールの商品化に取り組んだ。そしてヱビスビールは戦後、わが国初の麦芽100%の特製ビールとして蘇った。
1971年(昭和46)のポスター
ドイツタイプのビールとは、ドイツでは1516年の「ビール純粋令」により、大麦、ホップ、水以外の使用を認めていない。したがって、米やコーンなど一切の副原料を使用しない麦芽100%ビールのこと。しかし副原料の使用に慣れた技術陣には大きな障害であった。それを見事に乗越えて、リッチでコクのあるビールに仕上げた。
1971年(昭和46)の「ヱビスビール」ラベル
過去のヱビスの広告でちょっと評判になったのは、王冠の裏に一定の割合で「金ゑびす」「銀ゑびす」の文字を印刷し、これに当った方に、賞品として金または銀の恵比寿像をはめ込んだお守りをプレゼントするというもの。恵比寿像は小さいながら純金、純銀製であった。恵比寿様のご利益にあやかりたいと、だれもが欲しがったとか。
復活以来、絶大な支持を得ているヱビスビール。品質の高さは誰もが認める、ちょっと贅沢なビールである。
サッポロビールが取り組む研究開発をご紹介します。
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