ホーム > サッポロを知る > サッポロビール物語 > 生ビール時代を切り開いた「サッポロびん生」
今ではビールの90%以上が生ビールだが、1975年(昭和50)ごろまでのびんや缶のビールは、熱処理ビールが主役であった。飲食店では樽生ビールは夏場だけ提供し、冬場は熱処理したビールを提供することが多かった。それは、消費者が生ビールは夏の商品とのイメージが強く、冬場、生ビールは人気がなかったのだ。
びん生発売前の主力商品「サッポロビール」
樽生ビールはサッポロライオンなど、ビヤホールでの実績があり、生はサッポロがうまい、との評判を得ていた。サッポロは競争関係で優位にある生ビールを前面に打ち出すことを決定。そして1977年(昭和52)、「サッポロびん生」を全国発売した。びん生発売前の1971年の生ビール比率は9%で、発売以降は13%まで伸張。
びん詰め生ビールのパイオニア「サッポロびん生」
びん生のルーツは1957年(昭和32)に、東京、横浜など都市部を中心に限定発売した「サッポロ壜生ビール」である。翌年、北海道でも発売。先行販売した地域では、漸減傾向をたどったが、北海道では好評を博した。暖房が普及した北海道では、冬でもビールがおいしく、飲むなら「生」を、ということだったらしい。
ラベルを直接びんにプリントした発売当初の「サッポロ壜生ビール」
北海道を旅行して、びん生を味わった方から、サッポロのあの生ビールが飲みたい、どうすれば手に入るのか、との問い合せが東京などから札幌工場に多数寄せられた。発売当初のラベルは直接びんに印刷していたが、1972年(昭和47)に星マークを鮮烈な銀色にしたアルミラベルを採用。デザインが豪華で重厚だ、との評判だった。
斬新なデザインのアルミラベル変更
びん生は、すっきりした味わいが評判となり大ヒット。愛飲家は自らを「びん生党」と呼んでいたようだ。発売早々、愛称として「黒ラベル」が消費者によって使いはじめられ、多くのビール党に浸透していった。サッポロは1989年(平成元)から、愛称を正式ブランド名とした。だから、黒ラベルは消費者が名付け親なのである。
サッポロ生ビール黒ラベル
多くのファンに支持されるサッポロ生ビール黒ラベルは、協働契約栽培による高品質原料と確かな技術で生み出されたロングセラー商品です。
サッポロビールが取り組む研究開発をご紹介します。
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