サッポロビール株式会社
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サッポロビール物語

日本初のビヤホール誕生

現在 現存する日本最古のビヤホール story4 1日1,000リットル販売 story3 半リットル10銭 story2 “ビヤホール”の由来 story1 日本初のビヤホール誕生
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日本初のビヤホール誕生

目的はヱビスビールの宣伝

1905年(明治38)ごろ恵比寿ビヤホール外観1905年(明治38)ごろの恵比寿ビヤホール外観

1899年(明治32)8月4日、「恵比寿ビール BEER HALL」が現在の東京・銀座にオープン。これが日本初のビヤホールである。日本麦酒の社長馬越恭平のアイデアで誕生したビヤホールは、ヱビスビールの宣伝が目的だった。工場直送の出来立て生ビールを味わってもらい、そのよさを知ってもらうためだ。

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“ビヤホール”の由来

ビヤサロンか、ビヤホールか

1905年(明治38)ごろ恵比寿ビヤホール外観1905年(明治38)ごろの恵比寿ビヤホール店内

日本初の新型店の名前選びには、英語に詳しい日本人や外国人の知恵を借りた。宣教師の意見で「ビヤサロン」と一旦は決定する。しかし、あるイギリス人に、宣教師は上品なサロンをイメージしているようだが、横浜あたりではサロンといえばいかがわしい場所。店名には相応しくないので、ホールのほうがよい、とのことで「ビヤホール」に決まった。

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半リットル10銭

評判を呼び、遠方からも来店

恵比寿ビールのジョッキ恵比寿ビールのジョッキ

僅か40坪の店だが、店内は入口左側にカウンターを設け、ニッケル製のスタンドを設置。床はリニリューム張りと当時としては斬新な装い。ビールはガラス製ジョッキ半リットルで10銭。初日225リットル、2日目245リットル、3日目450リットルを売る好調さ。評判を聞きつけ遠方からのお客も多く、新物好きの江戸っ子には好評だった。

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1日1,000リットルを販売。宣伝にも、商売にも。

ビールは人気。つまみは不人気。

ビヤホールの人気を伝える新聞記事 (1899年9月4日付『中央新聞』)ビヤホールの人気を伝える新聞記事 (1899年9月4日付『中央新聞』)

開店1週間からは1日1,000リットルも売れる日もあり、宣伝目的のビヤホールは、売上げも好調で商売にもなるという一石二鳥の成果があった。ただ、お客の不満が一つ。当初のつまみは西洋に倣いスライスした大根だけ。ラディシュのつもりだ。これが不評であった。
その後、蕗や海老の佃煮にしたところ、大いに受けたという。

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現存する日本最古のビヤホール

一歩踏み入れば昭和にタイムスリップ

1934年(昭和9)4月8日に誕生した「ビヤホールライオン銀座七丁目店」は、今なお創建当時のままの姿を残す“ビヤホールの殿堂”。入口正面のビール麦を収穫する婦人たちを描いたガラスモザイク大壁画をはじめ、照明や柱、壁など店内各所は美しい装飾で彩られ、昭和初期のレトロな雰囲気を味わえる。銀座ライオンの伝統技術と徹底した品質管理で提供する最高の生ビールを求め、毎日全国のビール好きが集まる、知る人ぞ知るお店。

サッポロライオン社

恵比寿ビヤホールをルーツとするサッポロライオン社。ビヤホールをはじめビヤレストラン、和食居酒屋、ダイニング、ビヤバーなどさまざまなブランド店舗を全国に展開している。

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  • ビヤホールライオン銀座七丁目店 店内の様子ビヤホールライオン銀座七丁目店 店内の様子
  • ビール麦の穂をイメージした矢尻型の天井装飾ビール麦の穂をイメージした矢尻型の天井装飾
  • ワインぶどうをイメージしたカラフルな照明ワインぶどうをイメージしたカラフルな照明