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プロフェッショナルスタイル 超一流カウンターマン 4人が語る 生ビール提供法
ビヤホールライオン 銀座七丁目店 井上 克己(いのうえ かつみ)氏
ライオン銀座七丁目店は現存する「日本最古」のビヤホール
ライオン銀座七丁目店は、中央通り銀座4丁目と8丁目のほぼ中間に位置している。
建物は外側を改修しているものの1階ビヤホール内部は厨房・洗面設備を除いてほぼ竣工当時のまま。
昭和9年に大日本麦酒(株)の本社社屋として新築され、その1階でビヤホールを開店。戦災を免れ今年で創建80周年を迎えた。
直営ビヤホールということで独特の工夫が様々に凝らされ、当時、多くの人々から絶大な賞賛を博した。
圧巻なのは、わが国で初めてすべて日本人が制作した、ガラスモザイクを使った正面大壁画。ビール麦の収穫に働く婦人たちを描いたもので、縦2.75m横5.75mの大きさ。店内はまさに、歴史と伝統を体現するビヤホールの殿堂と呼ぶにふさわしい風格をそなえている。
「しっかり笑顔」と「しっかり真顔」カウンターマンの原点
その正面大壁画の下のビヤカウンターが、井上氏の持ち場である。まずは、フロアにおける氏の笑顔をご覧いただきたい。人柄が映し出されたような優しい表情。
お客様に対するおもてなしの笑顔である。
一方、注出時の顔つきは…。
井上氏は言う、「注出のときや持ち場にいるときは笑いません。カランから流れ出るビールに合わせジョッキの動きを一瞬の間にコントロールするので真剣です。
また、カウンターは常にお客様の目が集まるところです。社員同士がニヤニヤしていたらどう映るでしょうか?」
そんな、カウンターマンとしての氏の原点は、師と仰ぐ澁井栄二郎の薫陶を受けることから始まる。
「1978年に19歳で入社し、ここ銀座七丁目店に配属され師匠に出会いました。」
「お客様に礼儀正しく応対する姿。そして師匠の注ぐ極上の一杯を目当てに連日来店する、舌の肥えたビールファンの姿。その味は師匠の徹底した品質管理と注出技術から生み出されます。カウンターマンの原点に触れたように思いました。」
スウィングカランによる一度注ぎで「しっかりした泡」をつくる
「最初の4年間はホール、その後の4年間はカウンターを担当しました。当時は、習うより慣れろ。仕事は見て覚えろという時代です。ホール担当のときも機会がある毎に師匠の仕事を見ていました。」
そして、そこで得たものは、「ひとつは、スウィングカランによる一度注ぎでしっかりした泡をつくるコツです」
スウィングカランとは、「カランの開閉のためハンドルを水平に180度回すタイプのもので、やや高めの圧力でビールを注出するビヤホール特有の設備です。」
また、一度注ぎについて、「ジョッキを斜めに傾け、内側にビールを流し込み回転させ、余分な炭酸を抜きながら同時に泡をつくります。これがライオンビヤホールの伝統技術、こだわりの一度注ぎです。一度注ぎによってビールの味わいをスッキリさせます。」と語る。
そして、「注がれたビールの酸化や気抜けを防ぐフタの役割をするのが泡です。ですから、常にきめ細やかでしっかりした泡をつくるよう心掛けています。」と続ける。
「右手ジョッキ左手カラン&真顔」流が井上氏の注出スタイル
一般的には左手でジョッキを持ちビールを受けるスタイルが多いなか、井上氏の場合は右手にジョッキ、左手でカラン操作をする。カランの前に自然体で立ち、ジョッキをやや斜めに傾け、内側深くビール通過ラインに注出口を当てカランを開く。
ジョッキの持ち方は、中指、薬指、小指で把手を握り、人差し指はジョッキ側面に当てる。このとき、親指はカランレバー先端を軽く押さえている。増えるビール量に合わせジョッキを下げていき、途中から親指を把手上端に移し重くなったジョッキを支える。そして、泡と液の比率が3:7になる寸前にカランを閉め、生ビール完成…もちろん真顔。それから、おもてなしの笑顔でカウンターへ。
これが井上氏の注出スタイルである。
ビールの「品質管理」と自身の「体調管理」が味を決める
「ふたつ目は品質管理です。一番気を遣います。適正な発注量の検討やビール回路とジョッキの洗浄などです。多く在庫を持ちすぎるとビールが劣化します。また、ビールが通る回路やジョッキが汚れていては風味や泡に影響が出ます。」「特に洗浄の仕方で味の8割が決まります。」
また、経験で得たこととして自身の体調管理が大切という。「いい泡のビールを何杯も注ぐにはスムーズな身体の動きが必要です。ところが、体調がすぐれないとジョッキが重く感じられ、反応が鈍くなり注出に影響がでるんです。」
やはりビール注出は微妙な作業であり奥が深い…。
帰ってきた名物カウンターマン
そんな井上氏は1987年から成田空港店に異動。その後、サッポロビール千葉ビール園をはじめ、いくつかの店舗を担当し、銀座五丁目店(改築休業中)を経て、24年ぶりにここ銀座七丁目店に帰ってきた。
「師匠と出会った店舗です。いつか帰りたいと思っていました。」
いまや、ホームページを開くとビールを注出する氏の画像が現れるほどの名物カウンターマンに…。
最後に、今後の抱負を伺うと、「いま50代半ばです。ライオンの生ビールの神髄を受け継ぎ、これからも伝えていく覚悟です。」と語ってくれた。