時代に合わせてお店は変わる
しかし、変えてはいけない核がある
四代目の社長となったのは、小泉政権時代。不良債権処理を巡る嵐の中で、会社も大きな転換期を迎えている頃でした。
外食市場も拡大から縮小へ向かい、店舗数だけは拡大している。これまでと同じやり方では、将来はない。この急激に変革している時代に対応していくことが私に課せられた役割だと思っています。
もちろん、先代も時代にうまく対応できたからこそ、家業から企業へと成長させることができたのだと思います。しかし、そのやり方が通用しなくなった。新しい見方が必要になったということなのでしょう。
まず、マーケット自体が二代目の頃から変化していました。80年代中盤までは、80%の人たちが中流意識を持っていましたが、バブル以降から現在において、雇用制度が崩壊してしまい、実質的な格差社会が生まれています。百貨店や郊外ショッピングセンターへ出店してきた、かつての「築地玉寿司」のお客様は、減り続けているのです。
郊外は低価格志向の回転寿司の市場になっています。逆に都心部には余裕があるお客様が戻ってきています。都心部へ回帰している出店はそんなお客様の需要に応えるため。そこには、玉寿司の核になる魅力を価値と感じていただける市場があると考えています。
玉寿司の核とは、変えてはいけないもの。それをアメリカで飲食ビジネスを学んだ私に気付かせてくれたのは、社員たちです。そこをなくしてマーケティングで店づくりをすれば、それは「築地玉寿司」ではなくなってしまうという部分です。
その一つは職人の技術による手作りの味、もう一つはあくまでお客様日常シーンで楽しむ寿司屋であること。時代に合わせて常に変革は求められますが、ここだけは守らなくてはなりません。
リーマンショック以降、都心の市場もまた変化がありました。鮮魚を扱う低価格の居酒屋さんに流れるお客様が増えた。そこで昨年から逸品料理というカテゴリーを新たに作りました。職人手作りの一品料理です。価格も抑え、気軽に注文できるようにしています。
これで新しい客層の開拓が予想以上にできました。ポイントは注文数を増やして客単価は落とさないこと。お客様の満足度は確実に上がっているはずです。
- (株)玉寿司
- 東京都中央区築地2-11-26築地MHビル3階 03-3541-0001
1924年創業。創業者中野里栄蔵氏は現社長の祖父に当たる。栄蔵氏が急逝し、その妻、こと氏が2代目となり、繁盛の礎を築く。1965年に3代目となる孝正氏(現相談役)が社長に就任。百貨店内への出店をメインに多店化に着手。日本有数の寿司チェーンに成長させた。現在、関東を中心に26店舗の「築地玉寿司」を展開。一時期郊外商業施設への出店が増加したが、2005年33歳で社長に就任した中野里陽平氏は積極的にビルド&スクラップを進め、都市中心部への出店を増やしている。
http://www.tamasushi.co.jp



