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ホーム >箱根駅伝応援サイト > レジェンド対談(前編)

ROUTE07

箱根駅伝
『レジェンド対談』

5区山上りで衝撃の激走
2人の〝山の神〟が強さの秘密を大公開

柏原竜二(東洋大学OB)×神野大地(青山学院大学OB)

今回で95回目となる箱根駅伝。
100年近い歴史の中で、多くの人々の
記憶に残り、
後世に語り継がれる
激走を見せた選手たちがいる。
伝説のランナーたちが〝あの時〟を
振り返り、
時代を超えて語り合った。

前編後編

〝山の神々〟が語る 5区への想いと攻略のポイント

箱根駅伝を象徴する区間と言える5区山上り。2006~16年は距離が延びて23kmを超える最長区間(※)となったこともあり、大逆転劇が頻発する重要区間となった。

なかでも突出したパフォーマンスを見せたのが東洋大学の柏原竜二(現・富士通社員)だ。2009年の第85回大会から4年連続で区間賞を獲得し、そのうち3回が区間新。09年はルーキーながらトップと4分58秒差を一気にひっくり返す快走を見せ、チームを初優勝に導いた。それまで〝山の神〟と言われた順天堂大学・今井正人(現・トヨタ自動車九州)の区間記録を更新したことで、「二代目・山の神」と呼ばれるようになった。さらに、最終学年となった12年には自身が2年時にマークした区間記録(1時間17分08秒)を大きく塗り替える1時間16分39秒という驚異的なタイムを叩き出し、4年連続の往路優勝。柏原の在学中に東洋大学は3度の総合優勝を果たし、一躍学生長距離界の主役となった。

その3年後に登場したのが青山学院大学の神野大地(現・プロランナー/セルソース所属)だ。柏原の在学時よりも約20m長くなった5区に大学3年生にして初挑戦し、柏原の記録を実質的に上回る1時間16分15秒をマーク。今や常勝軍団となった青山学院大学初優勝の立役者となり、「三代目・山の神」と称えられた。5区は2017年以降は20.8kmに短縮されて2人のタイムは参考記録となったが、その走りは今でも語り継がれている。

2人にとって箱根駅伝の「山上り」とはどのような存在だったのか。まずは〝天下の険〟に挑んだきっかけや5区への想いを語っていただいた。

「そもそも箱根駅伝自体、走れると思っていませんでした。ただ、(柏原が1区で区間賞を獲得した)高3の都道府県対抗駅伝の時に今井正人さんにお会いしたことがきっかけで、本格的に山上りをやってみたいと思うようになりました。このコースはやはり志願をして挑戦しないとダメだなと考えて、覚悟を持ってやれたなと思います」(柏原)

「僕も大学時代で箱根駅伝を1回走れればいいかなと思っていましたし、上りもそんなに得意ではなかったので、考えてはいませんでした。ただ、3年の時にチームとして優勝を目標に掲げた時に、重要となる5区を僕が走らないといけないと意識をし始めました」(神野)

2人とも山上りという特殊区間に対し、意外にもそれに対する特別な練習はあまりなく、平地区間の選手と同じメニューで調整していたという。一方で、「イメージ作り」だけは入念に行っていたようだ。

「柏原さんの走りはテレビで見ていましたが、研究したわけではありません。とは言え、実際に挑戦が決まってからはもう一度映像を見たり、スタートから箱根湯本(約5.5km)、大平台(約9.6km)、宮ノ下(中間点)、小涌園(約14.3km)、最高点(約18.7km)と、定点ごとのスプリットタイムを調べてもらって参考にしました。練習面ではフリージョグの時にクロカンコースを選んで走るぐらい。あとは、11月ぐらいからはトレーナーさんから〝山上り補強〟を教えていただいて、週5で取り組んでいました」(神野)

「練習では蔵王(山形)合宿で10kmの上り坂タイムトライアルをやったり、箱根の山と似たような傾斜を走ったりはしましたが、それ以外はイメージトレーニングでの擦り合わせがメインでした」(柏原)

初挑戦の山上りで衝撃的な走りを見せた2人。イメージトレーニングを繰り返した後に挑んだ山上りの印象はどんなものだったのだろうか。

「冷静に考えている余裕なんてなかったですね。走っている時にそれができたら化け物だなと思います(笑)。必死に前を追うだけでした」(柏原)

「最初は冷静に入ろうとしてたんですけど、注目度も全然違うので、普段とは違う気持ちの高ぶりがあったと思います。ただ、あの時は2区を走っていても区間賞が取れたんじゃないかと思うくらいに状態が良くて、(原晋)監督からは1kmを3分05秒で入れと言われていたんですけど、実際は2分48秒で入ってしまったんです。それで速いと思って落としても、2kmが5分38秒。さらに落としたのに次も2分50秒だったので『今日は絶対いける』と思いました。そこからは前も近づいてきて、トップになって、という感じで楽しんで走れました」(神野)

柏原は4年連続で5区に挑み、大東文化大学の大久保初男(1974~77年)以来となる史上2人目の4年連続5区区間賞を獲得。神野は初挑戦だった3年時に続き、4年時も山上りに挑戦した。たび重なる故障の影響もあって結果は前年を下回る1時間19分17秒で区間2位(日本人最上位)だったが、状態が万全でない中でも他の日本人選手を圧倒した走りは〝山の神〟の底力を感じさせるものだった。

2人がコース攻略のポイントに挙げたのは「宮ノ下」と「小涌園」の2つ。ただ、考え方としては微妙に異なっている。

「僕がこのコースのポイントと思っていたのが、大平台のヘアピンカーブを抜けてからそこで傾斜が緩くなる瞬間があるんですよ。若干平地のような区間があって、そこでいかに回復できるかということは考えていました。そして、宮ノ下の一番傾斜がきついところにどれだけ気持ちを持っていけるかですね」(柏原)

「僕も大平台から宮ノ下です。ただ、僕は休むというよりはそこも勢いでいって、その流れで宮ノ下に入っていくという考えでした。宮ノ下も僕はあまりきつい場所だという認識がなくて、それが良かったのかもしれません。もう1つは小涌園を過ぎてからです。傾斜はきつくないんですが、一気に沿道の観客も少なくなるし、景色も変わり映えしなくなって、中だるみしてしまうと思います。過去に走った人のタイムを比較しても、小涌園からが差が出るんです。それがわかっていたので、小涌園からがんばればタイム差が開くのかなと思っていました」(神野)

「宮ノ下から小涌園は誰でもがんばるよね、きついから。だからこそ、他の人はそこから気持ちが切れるかなと思いました。小涌園から先でどれだけ稼げるかがポイントになってくるかと思います。そこから最高点までに傾斜が緩くなる箇所もあるんですが、気持ちを緩めず、稼ぐという気持ちのほうが僕は強かったですね」(柏原)

後編に続く

※5区の距離は、2006~14年が23.4km、15~16年が23.2km。
なお、15年から函嶺洞門を迂回するルートとなり、明らかに走行コースが変更となった為、それ以前の記録は参考記録の扱いとし、15年以降の記録が新規の記録として取り扱われた。

箱根駅伝5区 区間歴代記録

▼2006年~14年(5傑+パフォーマンス)

タイム 選手(大学) 順位
1.16.39 柏原 竜二(東洋大4) 2012年1位
1.17.08 柏原(東洋大2) 2010年1位
1.17.18 柏原(東洋大1) 2009年1位
1.17.53 柏原(東洋大3) 2011年1位
1.18.05 今井 正人(順大4) 2007年1位
1.18.12 駒野 亮太(早大4) 2008年1位
1.18.30 今井(順大3) 2006年1位
1.19.16 設楽 啓太(東洋大4) 2014年1位
1.19.17 服部 翔大(日体大4) 2014年2位

▼2015年~16年(5傑+パフォーマンス)

タイム 選手(大学) 順位
1.16.15 神野 大地(青学大3) 2015年1位
1.18.24 D.M.キトニー(日大4) 2016年1位
1.18.45 キトニー(日大3) 2015年2位
1.19.17 神野(青学大4) 2016年2位
1.19.47 及川 佑太(中央学大) 2015年3位
1.19.53 五郎谷 俊(東洋大) 2016年3位
1.20.38 大塚 祥平(駒大) 2016年4位

※2015~16年は函嶺洞門を迂回するため約20m長い

取材・撮影・写真提供:月刊陸上競技/陸上競技社

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