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サッポロビール 箱根駅伝 応援サイト

 第94回 箱根駅伝 スタートまであと

94回目を迎える箱根駅伝。100年近い大会の歴史の中でも多くの人々の記憶に残り、後世に語り継がれる激走を見せた選手たちがいる。
伝説のランナーたちが〝あの時〟を振り返り、時代を超えて語り合った。

箱根駅伝の2区とはどのような舞台だったのか

 箱根駅伝のエース区間を指す言葉として「花の2区」が多くのファンに浸透している。現行のコースとなったのは1983年の第59回大会からで、歴代のエースたちが名勝負を演じてきた。その中でもひときわ強烈な輝きを放ったのが、早稲田大学・渡辺康幸(現・住友電工陸上競技部監督)と順天堂大学・三代直樹(現・富士通陸上競技部長距離コーチ)だ。

 渡辺は1995年の第71回大会で従来の区間記録(1時間7分34秒)を大幅に塗り替える1時間6分48秒の区間新をマーク。しばらくは更新されない大記録と思われたが、その4年後、三代が衝撃的なラストスパートで渡辺の記録を2秒上回った。2区で1時間6分台に突入したのは留学生を含めても渡辺と三代、山梨学院大学のメクボ・ジョブ・モグス、東海大学・村澤明伸(現・日清食品グループ)の4人のみ。日本人選手では三代と渡辺の記録が歴代1位と2位にランクされる。

 伝説のランナーにとって、箱根駅伝の2区はどのような〝舞台〟だったのだろうか。

  • 「私たちの時代は5区の距離も長くなかったですし、『花の2区』と言われているように、エースは2区に行かなきゃいけないという時代でした。2区が大変だから、1区や3区に回りたいという考えはなかったですね。早稲田のエースだったら2区で区間賞を取らなくてはいけないと思っていました」(渡辺)
  • 「私が走った4年間も、エース級の選手が2区を走らなければならないという時代でした。ただ、1年生で2区を走った渡辺さんと違って、私は1年時の時はエースという感じではありませんでした。2区は2年生から3年連続で走りましたが、他大学のエースたちと力と力の勝負をする場所だという印象を持っていました」(三代)

渡辺は1年時の1993年に2区を任されて1時間8分48秒(区間2位)と好走。2年時は1区で1時1分13秒の区間新(当時)を叩き出したが、「2区を4回やりたかった」と話すほどエース区間を走ることにこだわりを持っていた。そして、2年ぶりの2区となった1995年に1時間6分48秒の区間新を樹立する。日本体育大学・大塚正美が1983年に樹立した区間記録、1時間7分34秒を一気に46秒も塗り替えた。好タイムが出た要因について、渡辺は山梨学院大学のステファン・マヤカ(真也加ステファン/現・桜美林大学駅伝監督)の存在が大きかったと話す。

「当時は誰も1時間7分を破っていませんでしたが、マヤカ君というライバルがいたので、彼に勝つために、私の中で『1時間6分台』という目標が出てきたんです」(渡辺)

マヤカとの対決に勝利。異次元のタイムに突入

 渡辺と同学年のマヤカは4年連続で2区に登場。1年時は1時間8分26秒で区間賞、2年時は1時間7分34秒の区間タイ記録。

 3年時はトップを独走して1時間7分20秒の区間新で駆け抜けたが、マヤカの背中を追いかけた渡辺が7人抜きの激走。5kmを14分13秒、10kmを28分32秒、15kmを43分09秒、20kmを57分38秒で通過して、狙い通りに1時間6分台に突入した。

  •  「具体的なレースプランは特になかったんですけど、1時間6分48秒ですから、よく出し切ったなという感覚はありました。でも、今になって思うと、前半ちょっと飛ばし過ぎましたね。三代君のラップを見ていると、すごく良くて、特に最後の3kmが速かった。私は前半のオーバーペースが影響して、最後の3kmがどうしても伸びなかったんです」(渡辺)

     4年時の1996年は最初の5kmを14分05秒で入り、8人をかわしてトップを奪取。1時間9分26秒にとどまったマヤカにも圧勝し、1時間6分54秒で区間賞を獲得したが、前年の記録には6秒及ばなかった。

     「もっと抑えるはずが、行っちゃったんですよ。タスキをもらう位置が後ろだと、行かざるを得ないですからね。3年時と同じくらいのペースで行って、後半をもっと上げていければ、1時間6分30秒くらいで行けるんじゃないかと踏んでいたんですけど、終盤が伸びなかった。そこが2区の難しいところなんです。

 前半はハイペースで入って、なおかつアップダウンのある権太坂(14km~15.5km付近)と終盤の横浜新道をどう乗り切るのか。2区はスピードとスタミナが要求される区間です。特にラスト3kmの上り坂でいかに稼ぐのか。9分10~20秒かかるのではなく、三代君のように8分50秒くらいで行ければ、最終的なタイムが大きく変わってきます」

 箱根路で〝最強〟を誇ってきた渡辺を、三代は憧れの眼差しで見ていたという。「渡辺さんは私が1年生の時の4年生で、学生ナンバーワンの選手でした。雲の上の存在でしたし、インカレでは確か周回遅れにされたこともあったんです(笑)。目標にも掲げられないくらいの選手でしたよ」と話すが、三代は4年時の箱根駅伝で渡辺の記録を超えることになる。

(後編に続く)