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サッポロビール 箱根駅伝 応援サイト

 第94回 箱根駅伝 スタートまであと
日本マラソン界を救うのは誰か。金哲彦氏に世界と戦う条件を聞いた。

五輪の男子マラソンには、エポックとなった年がいくつかある。ʼ84年のロサンゼルスでは、当時1万mの世界記録保持者だったカルロス・ロペス(ポルトガル)が、初めて2時間10分を切るタイムで優勝した。ʼ08年の北京では、日本育ちのサムエル・ワンジル(ケニア)がそれを3分も短縮する2時間06分32秒の五輪記録で金メダルを獲得した。主に夏場に行われる五輪のマラソンでの驚異的な速さに、世界は衝撃を受けた。そして今年のリオでは、さらなる変化が起こっていた。

 「五輪のマラソンが完全にトラックの延長のようになってしまったんです」

 現地でテレビ解説した金哲彦氏は、呆れたように話す。

 「レース中に何度も何度もペースの上げ下げをして揺さぶりをかけるんです。これまで日本人は、夏の暑さに強く耐久力のある選手が入賞していましたが、それだけでは世界のスピードに付いていけない。ビュン、ビュンと行かれるから、簡単に離されてしまう。夏季五輪で優勝タイムが速くなることはないと思いますが、レース内容が変わってしまったんです」

 5㎞ごとのペースの上げ下げはあっても、イーブンペースに近い形でレースが進み、終盤勝負という展開が多かった五輪のマラソンが、序盤からアフリカ人ランナーたちによって激しい揺さぶりが行われるようになった。それはペースメーカーのいるシティマラソンでも同じだ。2月の東京で中盤まで先頭集団を走った村山謙太(駒大―旭化成)もこう述懐する。

 「テレビではわからないかも知れませんが、実際はペースの上げ下げを繰り返しています。集団の中でケニア人たちが、ワーッと話をして、後ろにいる僕を振り返って、ダッシュしたり下がったり。振り落とそうとしてる感じでした」

 その「世界の現状」に、金氏が最も期待を寄せるのが、早大出身の大迫傑(ナイキオレゴンプロジェクト)である。リオ五輪の1万mに出場した大迫は、優勝したモハメド・ファラー(イギリス)にダメージを与えようとするアフリカ勢の激しい揺さぶりに肉迫した。7000m以降は離されたものの、27分台での17位は、可能性を感じさせるものだった。

 「日本選手であの揺さぶりに対応できたのは初めてで、今の長距離陣では別格の力があります。アメリカでのトレーニングの成果が出ていますね。駅伝中心の練習をしている日本人は同じペースで走ることは得意ですが、スピードの切り替えの練習はまだ確立されていません。ペースアップしたときに力んで無駄に脚を使う。駅伝の20㎞ならそれでも走れますが、マラソンとなるとそうはいかない。先頭集団にいても後方にいると、ダッシュを掛けられたときに慌てて余計な力を使ってしまうので、できるだけ前方に位置取りする必要もあります」

 大迫は早大3年時から、かつての名ランナー、アルベルト・サラザールの主宰するオレゴンプロジェクトの練習に参加。卒業後、日清食品グループに入社したが昨春から正式加入し、プロランナーとなった。科学的で質の高い練習は、同チームに所属するゲーレン・ラップ(アメリカ)が非アフリカ系ながら、リオで1万mに入賞しマラソンでも3位となったことでも実証されている。大迫も5000mでは13分08秒40の日本記録を出すなど成長してきた。現地では低酸素室で生活し、日本に帰国時もJISS(国立スポーツ科学センター)の低酸素室で寝泊まりしているという。ただ、その大迫はまだ、マラソン転向を公にはしていない。

 「これまでの歴史を見ても、いきなり五輪のマラソンで結果を出す選手はいません。少なくとも1回は『世界』を経験しておく必要がある。来年の世界陸上は無理としても、ʼ19年のドーハ大会に出るにはʼ18年福岡からの選考レースを走らなければならない。できればその前に1レースはマラソンを経験しておきたい。そう考えると、そんなに時間はないんです」

日本記録を更新する選手が出現すれば、状況は一気に変わる。

 他にも学生や箱根駅伝出身で東京五輪のマラソンを狙う有望選手は何人もいる。

 青学大の下田裕太(3年)、一色恭志(4年)の2人は、2月の東京で初マラソンながら2時間11分台の好走を見せた。特に軸が安定したフォームでマラソン向きと言われる一色は、来年の東京マラソンに挑戦し、世界陸上を狙う予定だ。卒業後は、恩師原晋監督がアドバイザーを務めるGMOアスリーツでマラソンに専念していくことになっている。

 また、8月に行われる東京五輪のマラソンは酷暑のレースになることが予想され、耐久力のあるランナーにも可能性がある。例えば、10月の箱根駅伝予選会で日本人トップになった神奈川大3年の鈴木健吾は暑さに強く、夏場に月間1200㎞を走った豊富な練習量が強みだ。

 ʼ13年に東京五輪招致が決まってから、マラソンを志す若い選手が増えてきたのはいい傾向だが、その一方で箱根駅伝で燃え尽きてしまう「モチベーション問題」が大きく横たわっているのも事実だ。期待されて実業団に入った選手が、数年でやめてしまう例もある。青学大3年時にびわ湖毎日マラソンで2時間10分02秒の好タイムで走った出岐雄大は、マラソンで実績のある中国電力に入社したが、3年が過ぎた今春、「箱根駅伝以上の目標を見つけられなかった」と引退している。

 その背景にある要因の一つに、金氏は成功モデルの不在を挙げる。

「近い先輩にマラソンの成功例がないのは大きいですね。今の若者にとって、瀬古さんや宗さんたちの時代は歴史でしかなく実感が湧かない。成功するイメージが持てないんです。でも、もし覚悟のある選手が一人でも日本記録を更新したら、後に続く選手が出てくると思うんです」

 ʼ99年からʼ02年にかけて、2時間6分台で走る選手が3人続いたこともある。日本マラソン復活は、突き抜けるランナーの出現にかかっている。

(スポーツ・グラフィック ナンバー 2016年12月15日発売号掲載)

大迫傑(おおさこ すぐる)
1991年5月23日東京都生まれ。
早大1年時に駅伝3冠を達成。
ʼ11年ユニバーシアードでは渡辺康幸以来となる1万mで優勝。
ナイキオレゴンプロジェクト所属。170㎝
村山謙太(むらやま けんた)
1993年2月23日宮城県生まれ。
駒大では箱根駅伝に4年連続出場。
3年時の丸亀ハーフマラソンで日本歴代4位となる1時間0分50秒を記録した。
旭化成所属。176㎝
一色恭志(いっしき ただし)
1994年6月5日京都府生まれ。
青学大1年時から箱根駅伝に出場し、2年、3年と連覇。
4年の今季は駅伝3冠と箱根駅伝3連覇を狙う。
GMOアスリーツ内定。169㎝