
島田雅彦

- 小説家。東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業。在学中の1983年に『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビュー、芥川賞候補となる。
'92年『彼岸先生』で泉鏡花文学賞を受賞、2006年『退廃姉妹』で伊藤整文学賞を受賞、'08年『カオスの娘』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
ほかに『彗星の住人』『佳人の奇遇』『徒然王子』など。オペラ好きで知られる。法政大学国際文化学部教授。
札幌からは遠く離れた沖縄県南大東島を訪ねたのは、もう二十年も前のことになるか。那覇からプロペラ機で一時間、台風の通り道の絶海に浮かんだ蓮の葉のような島だった。一面サトウキビ畑の島には、人口の割にはやたらにバーがあった。計算したら、島民十五人に一軒の割合だった。彼らは店に来ると、まずサッポロビールを二本注文し、飲みかけのまま別の店に行ってしまう。しばらくすると、また最初の店に戻ってきて、何事もなかったかのように飲む。よそ者の私と目が合うと、サッポロビールをすすめてくる。ビールを二本注文し、同時に二、三軒の店で飲むのが、南大東島流儀だと知った。なぜサッポロビールなのか、と訊ねると、「東京に近いから」という答えだった。確かに沖縄本島よりは若干、近いかもしれない。絶海の孤島で飲むサッポロビールは心持ち苦みが強い気がした。
私が二十八年通い詰めている店では、ビールを注文すると、黙っていても黒ラベルが出てくる。だが、冷蔵庫の調子が悪いのか、あまり冷えていない。ある日ほかの客のビールを一口飲んだら、よく冷えていた。思わず「冷たいビールもあるの?」と訊ねると、マダムは「うちは極冷(ごくひや)、冷(ひや)、生冷(なまひや)、常温と四種類あるんですよ。燗はないけど」と答えた。
銘柄はサッポロだけだが、四段階の温度指定ができることを二〇年目にして初めて知った。なぜ今までいつも私に生冷のビールを出していたのか訊ねると、「最初に店にみえた時、ビールは冷た過ぎると味がわからなくなるし、喉に悪いと仰ってたから」という返事。記憶にはなかったが、若い頃の私なら、そんな気取り方をしたかもしれない。「極冷にしますか?」と改めて聞かれ、少し考えてから「冷で」と答えた。自分は、一度でいいから、そばをつゆに思い切り浸して食べたかった江戸っ子に似ていると思った。













