サッポロビール株式会社
★SAPPORO
  • よくあるご質問・お問合せ
  • サイトマップ
  • マイページ
  • 会社情報
  • サッポログループ
★SAPPORO マイページ
マイページ
メニュー
メニュー
clear

ホーム > お店とエリア > 九州・沖縄エリア(福岡・長崎・佐賀・熊本・大分・宮崎・鹿児島・沖縄) > 熊本城復興応援缶 > 2017年インタビュー

熊本城復興応援缶

インタビュー

01 鶴島俊彦さん
熊本市経済観光局 文化・スポーツ交流部 熊本城調査研究センター 文化財保護主幹

熊本城跡の歴史・建築・土木・文化といった、さまざまな熊本城の特色を総合的に調査、研究する業務を担当

01 鶴島俊彦さん
熊本市経済観光局 観光交流部 熊本城総合事務所 主任主事

熊本城復旧の建造物に関する工事の発注や設計を担当

※所属・肩書きは、2017年時インタビュー時点のものです。

01 鶴嶋 俊彦さん

01 鶴嶋 俊彦さん

「名実ともに日本有数の城、熊本城」

-全国各地にたくさんのお城が残っていますが、熊本城の特徴はどこにあるのでしょうか?

熊本城の一番大きな特徴は、本丸全体を取り囲む、高さ20メートル前後の高石垣の存在です。まず、この高石垣が本丸を取り囲んでいる風景自体が、熊本城の一番の特徴です。かつてのお城の雰囲気を漂わせていて、実際にご覧いただければすぐにわかると思います。

次に、「縄張り」と呼ばれる石垣や空堀で構成された防衛の空間デザインが、非常に巧みであることです。西南戦争のときに、西郷隆盛率いる薩軍14,000人(のち5,000人)の襲来に備え、政府軍3,000人が籠城をしたのですが、50日以上もの間、薩摩兵は結局一人も熊本城内に入る事が出来ませんでした。そもそも、このような実戦を経験した城自体が少ない中で、城の防衛機能の高さが実証された事自体、非常に珍しく、凄い歴史をもった城だと思います。

さらに、熊本城には石垣上に国の重要文化財に指定されている建物が13棟あるのですが、これらは城の防衛が石垣や櫓・塀・門によって構成されていたことを如実に物語るもので、熊本城ではそのことが良く理解できます。
熊本城が日本三名城の一つに必ずと言っていいほど挙げられる理由は、この石垣や櫓・塀・門といった歴史的建造物の魅力に集約されていると思います。

-一般的にあまり知られていない熊本城の魅力を教えていただけますか?

熊本城には、石垣の他に城の防御機能を果たすものとして、本丸の西側と北側に空堀【からぼり】という、水のない堀がかぎ型に廻っています。本丸のすぐ外縁の空堀は、幅が30メートルの堀で、さらにその外側の西出丸周りには、幅60メートルの大堀があります。規模が大きい上に二重構造になっているわけです。これが石垣と相まって、城の防衛機能をさらに強靭にしています。

また、先ほどの防衛の空間デザインの話にもなるのですが、熊本城は本丸の南側のほうに、石垣の間を6回折れ曲がる通路があります。ここには枡形【ますがた】という、直角に曲がる通路が3つ連続していて、その間には2つの櫓門が設けられています。枡形や門には、敵の直進を妨げ、勢いを鈍らせる機能があるのですが、日本のお城で枡形が3つも連続しているお城は熊本城だけと言われており、「最強の城」と評価している専門家もいます。

-鶴嶋さんが個人的に好きな熊本城の場所があれば教えて下さい。

それは、何と言っても宇土櫓【うとやぐら】です。宇土櫓とは、重要文化財に指定されている櫓で、天守の西方に建つ5階建の建物です。
この櫓は、熊本城のどこかに建てられていた初期の天守建築で、後に今の場所に移築されていると考えられています。天正時代末期頃に建造された日本最古級の天守建築ではないかと注目されています。この宇土櫓の地震被害はわずかで、しっかりと立っている姿を加藤神社の近くから現在でも間近に見ることができます。宇土櫓を挟んで奥に天守を臨む風景は格別な光景で、個人的にも大好きです。
また、二の丸広場から、大空堀を挟んで、宇土櫓や天守閣を臨む光景も、熊本城らしい豪快な風景で、大きな魅力を感じます。

-最後に、今回の熊本城復旧について、一言お願いします。

今回の地震で、本丸周辺の高石垣のうち一部は壊れましたが、多くの高石垣は耐え抜いてしっかりと残っています。石垣の高さを考えると、凄いことです。本丸内部は立ち入りができませんが、高さがある石垣なので、外側からもはっきりと見ることができます。これから本格的な修復事業に入りますが、ぜひ何度でも熊本に足を運んでいただき、復興の具体的な様子を見ていただければ嬉しいですね。

02 田代 純一さん

02 田代 純一さん

「復旧、20年間の第一歩」

-震災における熊本城の被害は、どのような状況だったのですか?

熊本城の建造物は、今回の震災で甚大な被害を受けました。熊本城は国の重要文化財に指定されている建物13棟と、復元された建物20棟などで構成されているのですが、多くの建物が損傷・倒壊してしまいました。
また、建造物の損傷等とは別に、崩れた石垣の石が落下して道路を塞いでしまうなどの被害もありました。

-熊本城が被災したとき、地元の方への衝撃も大きかったのではないですか?

そうですね。熊本城の被災は、本当に多くの方々に大きなショックを与えたのだと実感しました。というのも、ご存知の通り熊本城は街中から見えるので、遠くにいらっしゃる方からも、「地震の影響で熊本城の屋根瓦が崩落している」というような連絡をいただくことがありました。そのようなときに、「普段当たり前に目にしていた景色がどれだけ自分たちの支えになっていたのかを実感した」、というような声を聞くことがありました。熊本のシンボル的存在である熊本城を復旧させることは、歴史的・文化的な意味を超える重要な意味があるのではないかと思い、復旧担当者としての責任を感じました。

-熊本城復旧の現在の状況は?

熊本城の復旧は、被害が大きかったことからかなり大規模なものとなりますので、現在はその復旧をはじめるための、前段階といった状況にあります。現在、進行している主要な行程は3つで、まず、倒壊した建造物の部材や石垣の石などの回収、次に復旧に向けて必要な重機などの車両が城内に入れるようにするための通路作り、そして熊本城復旧基本計画の策定です。

復旧基本計画の策定は、これから始まる大規模な復旧内容に優先順位を決めて、スムーズに進行するための大切な指標となります。来年度中には計画策定を完了する予定なのですが、これからがいよいよ復旧の第一歩になる気がします。

-部材を拾い集めるというのは、被害の大きさを考えると、本当に大変な作業ですよね。

はい。重要文化財などは、普通の建物とは違って、壊れた部分を単純に新しく作り直せばいいわけではありません。できるだけ元の部材を使用して修復するため、今は倒壊してぐちゃぐちゃになった場所から、元の部材を1つ1つ拾い集めて回収しています。釘一本という単位から拾い出して、1つ1つを保管するという作業です。部材を取り出すときも、普通の建物の改修工事などでは壊して取り出せばいいのですが、今回はそういうわけにはいかないので、1つずつ組み立てる作業の逆のように外していかねばならないのです。

たしかに大変な作業です。でも、このような状況だからこそ、これまで見えなかった熊本城の痕跡を発見・調査することができますし、それをきっかけに熊本城の文化財としての価値を新発見・再認識できることもあるかもしれませんから、丁寧に行うことに意味がある、大切なプロセスだと考えています。

-熊本城の復旧にはどのくらいの期間が必要なのでしょうか。

被害の大きさから、現時点で20年間と想定しています。復旧していく中で、想定外なことがあるかもしれないため、私たちとしては、現時点ではこの期間を、目標として掲げているような状況です。

-これだけ大きな復旧計画で、プレッシャーもあるのではないですか?

プレッシャーは感じています。特に、復旧を急いでほしいといった要望の声もいただくことがあります。そのような期待にもお応えしたく、急ぎたい気持ちもあるのですが、先ほどお話ししたように、今回の復旧は熊本城の内部を改めて調査・確認する貴重な機会でもありますので、どうしても丁寧に行う必要があります。

そこで、できるだけ復旧期間中も、熊本城を見ていただけるように、一般の方が城内に入れるエリアを広げるなどの方法を検討したいと考えておりますので、ぜひ復旧中の熊本城の様子を、皆さんに見に来ていただきたいです。

-最後に、熊本城の中で田代さんが個人的に好きな場所を教えてください。

*宇土櫓【うとやぐら】です。ご存知の通り、宇土櫓にはいろいろな魅力があるのですが、私は宇土櫓の最上階からの景色が好きです。古写真に、明治初期の天守閣を捉えた写真があるのですが、宇土櫓の最上階から天守閣の方を見ると、今でもその写真と同じような構図を楽しむことができます。現在の天守閣は一度焼失し外観復元されたものですが、きっと昔もこのような眺めだったんだなということを感じ取れる貴重な場所です。また、木造で趣のあるところも好きです。震災が発生した時、木造の宇土櫓は崩れてしまったのではないかと心配しましたが、調査に行った時、宇土櫓が残っていたのには、ホッとしました。

*宇土櫓についての基本説明は鶴嶋さんのインタビューをご覧ください。

03 京 瑞代さん

03 京瑞代さん

「全国各地からの後押しに感謝して」

-「復興城主」とは、どんな制度ですか?

復興城主プロジェクトとは、甚大な被害を受けた熊本城の復興のために、1口1万円以上の寄附をくださった方を熊本城の「復興城主」とし、様々な特典をつけた制度です。

城主となった方には、城主の証である城主証と、城主手形をお渡しします。城主手形を使うと、熊本市内の有料観光施設に無料で入場できたり、協賛店等でサービスを受けたりすることができます。
また、熊本城の近くの桜の馬場城彩苑という観光施設内に、「湧々座わくわくざ」という歴史文化体験施設があるのですが、その2階に特設ブースを設け、デジタル芳名板として、大きなスクリーンに城主の皆様のお名前を掲示いたします。

-お城の中にお名前が掲示されるのではなく、デジタル掲示板でみることができるのですね。

実はこの復興城主制度は、熊本城の復元整備を目的としていた「一口城主」という制度を、熊本城復旧に向けて一部改めて再開したものです。一口城主の頃には、天守閣の中にお名前を記した木札を掲示していました。しかし、震災の影響でしばらく天守には立ち入りができなくなってしまいましたので、デジタル掲示板を設置いたしました。

-復興城主が生まれたきっかけは?

地震の被害が発生した時、一番に優先されるべきものは、当然ですが、やはり人命です。熊本城は大切な私たちの歴史的な財産ですが、建造物の復旧は、人命には劣るものだと考えていました。ですので、当初、熊本城の復旧をしたいと考えても、被災された方や避難している方がたくさんいらっしゃる中、それを前面に出すようなことは、私たちにはできませんでした。

しかし、震災後すぐに、熊本で地震が起き、被害状況が分かってくるにつれ全国各地から、「熊本城をぜひ復旧してください」という声を多数いただいたのです。もちろん反対の声もあったのですが、復旧してほしいというご要望のほうが圧倒的に多かったことから、私たちも熊本城のために、頑張らせていただこうということになりました。

-熊本城には、全国各地に、ファンがたくさんいるということですね。

はい、本当にびっくりしました。今回のご要望をいただいて、全国のみなさんの熊本城に対する想いはこんなにも大きいものなのかと思いました。震災の後、まずは復興城主ではなく「熊本城災害復旧支援金」という口座を、発災後一週間で立ち上げることになりました。
その間、地震で事務作業も止まってしまったため、一口城主は休止していたのですが、その復活を望む声を多くいただいたことから、今回の復興城主につながりました。
一口城主は加藤清正公が建設した当時の熊本城に戻そうという目標のもとに作られた制度だったのですが、今回は地震前の熊本城に戻そうという目標を掲げて「復興城主」を始めさせていただきました。

-復興城主のそのほかのポイントはありますか?

復興城主はネット決済や銀行振込にも対応しておりまして、全国どこからでも寄附をいただけるのですが、直接、熊本城の受付窓口でお申し込みをいただいた方には、特別に、熊本城の震災前と後の様子を1冊に収めた小さな写真集を手渡しで差し上げています。

-熊本城でしか手に入らないのですね。しかも、熊本城が復旧した際には、感慨深い一冊になりそうですね。では最後に、熊本城の中で京さんが個人的に好きな場所を教えてください。

他の2人と重なるのですが、私も*宇土櫓【うとやぐら】が好きなんです(笑)。私は特に宇土櫓の石垣に魅力を感じています。震災後、撮影の立ち会いのために、宇土櫓の下の空堀に降りた機会があったのですが、宇土櫓の石垣を下から見上げた姿の迫力に圧倒されまして、それから大好きになりました。

*宇土櫓の基本情報と魅力については、鶴嶋さん・田代さんのインタビューもご覧ください。