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ホーム > お店とエリア > 近畿エリア(大阪・兵庫・京都・滋賀・奈良・和歌山) > OSAKA HOSHI 図★鑑 > 藤山 扇治郎

FUJIYAMA SENJIROU “役の者”になるから役者。僕が突き詰めていかなあかんのはそこやと思っています。

06 FUJIYAMA SENJIROU 松竹新喜劇 藤山 扇治郎


ふじやま せんじろう
1987年京都府生まれ。関西大学卒業後、青年座研究所を経て、2013年に松竹新喜劇に入団。以降、劇団の人気役者として活躍。祖父は喜劇王と称された藤山寛美。


 2013年に松竹新喜劇に入団し、それ以降、劇団の人気役者として活躍する藤山扇治郎。昭和の喜劇王・藤山寛美を祖父に、藤山直美を伯母に持つ演劇界のサラブレットとして大きな期待を寄せられる彼に、笑いと涙で大阪の温もりを伝える松竹新喜劇の魅力と、役者としての今後の展望について伺った。

Digest Movie
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一人暮らしの心細さを癒してくれたのは、
泣き笑いで人情を描いた松竹新喜劇だった。


2013年に松竹新喜劇に入団して以降、目覚ましいご活躍ですが、昔から役者を目指していたんですか?

藤山 小学1年の時に祖父の藤山寛美と親交のあった中村勘三郎(当時勘九郎)さんに誘われて、納涼歌舞伎に出演したのが初舞台でした。小さい頃から歌舞伎が好きでね、母親に「出るか?」と聞かれて、「出る!」と即答したのを覚えています。

それ以降、子役として舞台に出ていましたが、高校1年の時に『藤山寛美十三回忌追善公演』を最後に学業に専念しようと芸能活動は休止しました。大学時代はバイトしたり友達と遊んだりと、普通の大学生活を送っていたんですが、ちょうど卒業を間近に控えた頃に周りの友達たちが就職活動に励む中、改めて「自分は何がしたいんやろう?」と考えたんです。そこで出た結論が、僕はやっぱりお芝居がしたい!という思いでした。ただ、その時は歌舞伎をはじめ、いろんなお芝居は見ていたものの、松竹新喜劇は見てなかったんですよ。松竹新喜劇はミカンとアメちゃんを持ったおばちゃんが行くものだと思っていたんで正直魅かれるものがなかった(笑)。僕自身はシェイクスピアとか現代のいわゆる普通の芝居がしたかったので、大学卒業後に劇団青年座の研究所に入所するため上京することにしたんです。

新劇を目指していた青年が、なぜ松竹新喜劇に入団することになったんですか?

藤山 上京して初めて一人暮らしを経験したんですが、料理も作ったことがなければ洗濯もしたことがない、ましてや知り合いもいないという心細い日々を送っていた時に、たまたま祖父のDVDを持っていってたんで、何気なしにそれを見たら、それこそすごく感動しましてね。昔は松竹新喜劇はたんに面白い、楽しいというイメージしかなかったんですが、よく見ると面白さの中に泣き笑いがあって義理人情がある。人の痛みや気持ちが分かる泣き笑いのお芝居なんやとわかった時に心が癒されたんですよ。僕が目指しているのはこういうお芝居なんや!と気付いた時に、偶然にも松竹新喜劇がワークショプを開催すると聞いて、これは参加するしかないと。
畳敷きの稽古場で浴衣を着てお芝居の稽古をしていたら、子どもの時を思い出して懐かしくてね。やっぱり僕はこういうお芝居がしたいと再確認できた時に、入団のお声をかけていただいたんです。そう考えると、不思議なもんですね。子役時代があって、東京へ行ったことで松竹新喜劇や大阪のことを好きになって、今があってと、全部がうまいこと繋がっている。今、振り返ると、ドラマみたいな話が起きているなと自分でも思います(笑)。

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役が大きかろうと小さかろうと、
その役を演じる限りはどんな役でも難しい


入団から3年経った今では数々の舞台を経験され、着実に手応えを感じていらっしゃると思います。

藤山 デビューからしばらくは舞台に出るだけで精一杯で、拍手をもらうだけで満足していました(笑)。最近はお客さんの反応を少しずつですけれど感じ取れるようにもなってきて、“お芝居の時にこうやった方がいいか”とか“今日は間が悪かったな”とか、自分の中で疑問や反省点が出てきたことが、ひょっとすると舞台に立てることがやっとできてきたことの証かもしれません。そして、最近になって、「お芝居って難しいけど楽しいなあ」とも思えるようにもなってきました。日によってお客様も違えば反応も違ってくる。舞台は生ものですからね。でも、喜んでくださるところは一緒なんですよ。それを自分自身が感じ取れるようになってきたことがすごくうれしいですね。

演じられる上で、やはり祖父の藤山寛美さんを意識されることはあるんでしょうか?

藤山 祖父は僕が3歳の時に亡くなったので、記憶にはまったくないんです。また、僕が小さい頃は松竹新喜劇はテレビで放映してなかったし、僕にとってお笑いは吉本で、お芝居は歌舞伎でした。でも、僕が松竹新喜劇を好きになるきっかけを与えてくれたのは祖父の芝居があってこそ。アホな人がまともなことを言ったり、貧乏やけど周りの人を助けるためにお金を配ったりと、祖父の芝居を見る度に泣いて笑って、「こんな芝居をしたいなぁ」と思わせてくれたお陰で今の自分があるんですから。だから、僕と祖父とを比べてもらうことはイヤじゃなくて、めちゃくちゃうれしいし光栄なこと。でも、僕にとって祖父は遠い遠い存在で、比べられるなんてまだまだですよ。なんせ僕にとって神さんみたいな人なんでね。

昨年は『宝の入船』や『夜明けのスモッグ』など、藤山寛美さんのあたり役にも挑戦されるなど大役が続いていますが、演技に関して悩まれることも増えてきたのでは?

藤山 今は自分の演技に関して悩んだり、責任感を感じるというよりも、先輩方がずっと繋いできた役を自分ができる喜びの方が大きいですね。右も左も分からない中、模索しながら、また教えていただきながら無我夢中でやってきているので、責任感を感じる余裕はまだありません(笑)。ただ、お客様に喜んで頂くにはどう演じたらいいのかなという思いや悩みはずっとあります。そういう意味では大きい役や主役をさせて頂くと、出演シーンが多い分、やらなきゃいけないことも増えるし、学ぶことも多いですが、セリフが一言しかない役の方がワンチャンスしかなく難しいなあとも思います。舞台に出ている限りは役が大きかろうと小さかろうと、一人一人その役を演じる限りはどんな役でも難しいんですよ。

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》 舞台も映像も気持ちで演技することには変わりはない。
それを現場で経験できたことが大きかった