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ホーム > お店とエリア > 近畿エリア(大阪・兵庫・京都・滋賀・奈良・和歌山) > OSAKA HOSHI 図★鑑 > 都成 竜馬

TONARI RYUMA 棋士は勝つことが一番の癒し。モチベーションを高めるには、勝つために頑張るしかないんです。

03 OSAKA HOSHI


となり りゅうま
1990年1月17日生まれ、宮崎県宮崎市出身。
谷川浩司九段の唯一の弟子であり、2013年に史上初めて奨励会員として新人王戦優勝。2016年に四段昇段を決め、同年4月、プロ棋士デビュー。


2016年2月に行われた第58回奨励会三段リーグ戦において、14勝4敗のトップ昇段を決め、プロ棋士となった都成竜馬。平成12年の小学生名人戦で優勝し、奨励会入りするも、その後は不調が続くという苦悩の時代を経験。そして、奨励会の退会規定の26歳という最終年に面目躍如の活躍をみせ、プロデビューを果たすという快進撃を遂げた。一般の人々にとっては見当もつかない棋士としての生き様や苦悩、そして、プロとして目指す新たな目標とは? また、宮崎から上阪してからの大阪での暮らしも交えながら、棋士としての矜持を語ってもらった。

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高校生になってようやく、自分はプロを目指す戦いをしているんだ
という自覚が芽生えた。


そもそも都成さんが将棋を始めたきっかけは、やはりご家族の影響からですか?

都成 そうですね。もともと父が将棋を好きで、よく兄と指しているのを見て興味を持ったのがきっかけです。ちょうど4歳ぐらいだったかな。その後、小学5年生の時に小学生名人戦で優勝したのを機に奨励会(プロ棋士を養成する機関)に入りました。当時は奨励会に入ったといっても、小学生ですから『自分はこれでプロになるんだ』という自覚はあまりなく、月2回も大会に出られることがうれしいという気持ちしかありませんでしたね。

都成さんといえば、谷川浩司九段の唯一の弟子として知られていますが、この奨励会に入る時にその門を叩いたんですよね?

都成 奨励会に入るには師匠が必要なんです。谷川先生は小さな頃からずっと憧れの存在で、私が奨励会に入る時に谷川先生がそろそろ弟子を取るんじゃないかという話をたまたま耳にしたので、先生に手紙を書いたのです。

その手紙には何と書いたんですか?

都成 自分の将棋に対する思いはもちろん、私の名前が将棋と縁の深い名前であることもしたためて送ったと思います。手紙をお送りした後に、先生が小学生名人戦のビデオをわざわざ取り寄せて見てくださったようで、当時、先生は阪神・淡路大震災で被災されたことから、震災の日と私の誕生日が同じだったことにも縁を感じてくださって、弟子にしていただけたと聞いています。

そして、中学卒業を機に上阪し、大阪の高校に通いながら、さらに修業を積まれますが、この頃から本気モードになったという感じですか。

都成 『自分はプロを目指す戦いをしているんだ』という気持ちがようやく芽生えたのがこの頃からです。17歳で三段に昇段したものの、この時期を境に自分にとって長い苦悩の時代が始まりました。

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後輩が自分に追いつき、だんだんと遅れをとっていく。
奨励会時代は勝負の世界の厳しさを毎日のように肌で感じていた。


奨励会入りして約15年半、プロになれる最後の年(奨励会の退会規定の26歳)となる2016年2月の三段リーグ戦で晴れてプロ入りされましたが、今はどんな心境ですか。

都成 正直ホッとしました。本音を言えば、プロになる前に比べると、緊張感が少し足りないぐらいかもしれません。以前はもう後がないという気持ちから、眠れない日が続きましたが今は普通に寝られるな、という毎日を送っています(笑)。

やはり奨励会時代は長かったですか。

都成 長かったですね(笑)。小学5年で入会したものの、その後は決して順調ではなかったですからね。ただ、23歳の時に新人戦で優勝した時は、これをきっかけに壁を越えられるんじゃないかと思いましたし、それだけの力が自分にはあると思いました(注1)。けれど、その後もあと一歩のところでなかなかプロに昇段できなかったので、今となっては、奨励会時代は苦労したという記憶しかありませんね。

(注1)過去に三段で新人王戦の決勝戦に進出した人はいたが、優勝は初の快挙になる。

苦労と一緒に焦りも出てきたのでは?

都成 『自分はこのままではプロになれないのでは』と焦り始めたのが、ちょうど20歳頃でしょうか。その焦りが最高潮だった時は、後輩が自分に追いつき、追い越されて、だんだんと遅れをとっていった時ですね。将棋界では奨励会がプロの対局の記録係を務めることがあるんですが、その時はどれだけ年下の後輩であっても、必ず“先生”と呼ばなければならないんです。そういう時に勝負の世界の厳しい一面を感じましたし、辛いと感じたこともありました。

では、プロに昇段できた時は、感慨もひとしおだったのでは?

都成 昇段できた時は嬉し泣きをするとかはなかったものの、ホッとしたというか、肩の力が抜けたというか。昇段以前は指すことがだんだんイヤになってくることも多く、辛いという思いが重なるばかりの日々でしたが、最後の年はそんな思いもなくなり、逆に開き直ったことで、純粋に悔いがないよう頑張ろうと思ったことが結果に結びついたように思います。もちろん、谷川先生には一番に報告しました。谷川先生からは「時間がかかったけど、くさらずに頑張ってきたから」と言っていただけ、ようやく肩の荷が下りた気分でした。

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》 負けた気持ちを癒すには、結局は勝つしかない。