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赤黒のバッカス vol.3 Le Salon SaU編 テーマ 現役時代を語る

赤黒のバッカス vol.3 Le Salon SaU編
Le Salon SaU ル・サロン・サウ  札幌市中央区大通西25丁目1-30 TEL 011-611-4443 17:00~27:00(L.O. 26:00) 定休日/火曜日 Le Salon SaU ル・サロン・サウ 和も洋も、旬の野菜のおいしさを生かした料理を、お酒といっしょに楽しめる隠れ家的なお店。大葉の「和ヒート」など、数種類のベジタブルカクテルも人気です。1階のカウンターで、2階のテーブル席で、気の置けない仲間と大人の団欒を満喫してみませんか。 サッポロクラシックに合う一品 仔羊とインカのめざめのフリット 850円

※掲載内容は取材時のものです。

「2度目の札幌」がふたりの共通点

大井三郎(以下大井):ぼくは富山県出身なんですが、1995年から札幌の大学で学び、卒業後は東京に就職。そして去年、転職して札幌に舞い戻ってきました。

村田達哉(以下村田):95年といえば、ぼくがヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)から東芝サッカー部に移籍した年ですね。その翌年、東芝がコンサドーレになり、ぼくも初めて札幌に来ました。それまでずっと東京のスピードが当たり前だったので、こんなにマイペースに生活ができる場所があるのかと驚き、札幌に強い思いを抱くようになりました。もちろん、コーチとして戻ってくるとは、当時は想像もしてませんでしたが(笑)

大井:ストレスフリーな感覚は、ぼくも東京から戻ってきて実感しているところです。北海道に来られたのは、96年が初めてですか?

村田:いや、ぼくは中学生から読売(現・東京ヴェルディ)のユースチームにいたんですが、じつは3年生のときにトップチームの合宿がウトナイ湖であって、ユース選抜として帯同させてもらった経験があるんです。当時のトップチームは、ラモス(瑠偉)さんやジョージ(与那城)さんの時代ですね。

「2度目の札幌」がふたりの共通点

ポジションを取って生き残るための思考

ポジションを取って生き残るための思考

大井:札幌のゆったりした雰囲気が好きという一方で、コンサドーレ発足当時はポジション争いが激しかったのでは?

村田:そうですね。でも競争には慣れています。ユース時代、トップチームに混ざって紅白戦に出場すると、がんがん削られました。だって、トップの選手は相手が中学生であろうと関係なく、試合に出るために争っているわけですから。

大井:アピールする場ですものね。

村田:あと、ラモスさんと同じチームのときに「おまえ、なにやってんだよ」とか言われると、どんどん萎縮するわけですよ(笑)。でもトップで活躍したいなら、それにも慣れないといけない。ポジションを取って生き残っていく気構えに関しては、そういう環境で培ってきました。ただ、コンサドーレの初年度は選手が45人とあまりに多く、ぼくの左サイドバックには5人もいたんですよ(笑)

大井:そんなにいらない(笑)

村田:しかも開幕当初は不動の左サイドバックとして平川(弘)さんがいましたから、「おれ、どうすんだよ」という状態。そこで、チームに足りないものや、自分にできることを必死に考え、練習でもそれを意識してアピールしました。そんななか、チーム状態があまりよくなかったこともあり、ある試合でスタメンに抜擢され、それ以降は全試合に出場できました。今教えているU-15の子たちにも、つねに自分の立場を考えてプレーするように話していますね。

大井:聞いていて胸が痛いです。というのも、ぼくは仕事で自分の特長をなかなか見つけられずにいるので。

村田:サッカー選手って、年初に「趣味」や「サポーターに一言」などのアンケートを書くんですよ。そのなかに「セールスポイント」という項目があって、ぼくも大井さんと同じようにどう表現しようかと悩みましたね。

大井:そうなんですか?

村田:結局は「精度の高い左足のクロス」などと書いていましたけど、決してすごいレベルではない。それしかないから書くけど、んー、心が痛むなと(笑)。ただ、こういう項目では表現しづらいというか、際立ったテクニックとは違う部分でチームに絶対に必要な選手というのはいます。

大井:自分でいえば、場を和ませる会議運営が得意とか(笑)

村田:それも大事ですよ。サッカーでも明るい選手がいれば、負けて落ち込んでいるときも元気が出ます。すごいストロングポイントだと思いますね。

ポジションを取って生き残るための思考

それぞれの立場で感じた「サッポーロ!」

それぞれの立場で感じた「サッポーロ!」

大井:コンサドーレ時代で印象深かった年は?

村田:ほぼ全試合に出て、J1に昇格した97年は充実していました。サポーターも盛り上がってくれましたし。大井さんは、いつからスタジアムに?

大井じつは村田さんのコンサドーレ時代は、まだテレビで観る程度でした。就職で上京してから、2002年に国立競技場で試合を観る機会がありまして。「サッポーロ!サッポーロ!」とすごい音量の応援を聴いているうちに、不意に落涙してしまったんです。富山生まれで東京在住ながら、札幌のことが大好きだったので、好きなまちの名前を大人数で叫んでいるのがすごくうらやましかった。それからスタジアムに行くようになり、熱い人たちの近くで札幌コールを始めたら、みんなすごい話しかけてくれて、「自分の居場所があった」みたいな(笑)。今では全国どこに応援に行っても仲間がいて、試合が終わればみんなで飲んで。本当に楽しんでます。

村田:それは素晴らしいですね。

大井:ちなみに、やっと生の村田さんを観られたのが、2003年の対大宮アルディージャ戦でした。

村田:大宮サッカー場の?

大井:そうです。大宮で活躍されていた村田さんが、試合後にコンサドーレ側にあいさつにいらしたんですよ。そのとき、周りのみなさんが「村田だ!村田だ!」と大盛り上がりで、やはり大きな存在だったんだなと。90年代の厚別競技場にも行ってみたかったです。

村田:当時の厚別は、サポーターに後押しされて、いつも勝つ自信がありました。試合中に苦しくてもサポートしてくれるのは本当にありがたいこと。今後もずっと応援してもらえるクラブづくりに貢献していきたいです。

それぞれの立場で感じた「サッポーロ!」
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